文学と占いは相通じるものがある

小説家になることを諦めた男のつぶやきです。

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【小説】 赤い携帯 儀式は中断だ。後輩の及川が来た!

携帯をつかんだが、出る勇気がない。

少しためらいながら・・それでも、勇気を出して
相手の電話番号をのぞいてみた。

「でくのぼう」と出ていた。

後輩の及川だ。

あまりに、もの覚えの悪い及川に、業を煮やした
薫が、冗談半分に書き換えた、及川のアドレスだ。

思いだした。
そうだった。
あいつに、

「電話していらっしゃい」

と確か伝えたはずだ。
あの情けない顔見たら「ダメ」とは言えなかった。

時間を確認すると22時5分だ。

なるほど・・
合点がいった。

苦笑しつつ、電話にでた。
妙にホッとした。

しばらくの無言の後、弱弱しい及川の声が流れた。

「先輩・・今、いいすか」

今日しかダメな重大な話があると言っていた。

幾つかの取引先の名前を思い浮かべたが、
心当たりはない。

「先輩!」

探るような及川の声。
人懐っこい顔が、今日は妙にいとしく感じる。

「本当に来たの」

わざとつっけんどんに聞いてみた。

「何いってんすか。先輩いいって言ったじゃな
 いすか」
「そりゃ・・そうだけど。
 で・・今どこにいるの」
「前です」
「まえ?・・どこの」
「先輩の」
「はい!?」
「部屋の前ですよ。先輩の」

驚いて玄関を振り返った。
あの、扉の向こうに及川がいるという。

「なんでもう、私の部屋の前にいるのよぉ」

猫なで声の自分に呆れ、それでも無意識に足は
洗面台に向かう。

鏡に映った顔は、ひどい。
見せられたものじゃない。
たとえ「でくのぼう及川」でも。

あいつだって一応は男だ。

目なんか、ワインのせいだろうか、真っ赤だ。
泣いていたと思われたら心外だ。

泣けなくて困ってたぐらいなのに。

死んでもあいつに、同情なんかされたくない。

「先輩!」

電話の声がまた叫ぶ。

「ちょ、、ちょっと待ちなさい。すこしそこ
で待ってなさい」

薫は、慌ててメイクを直し始めた。

何度も舌打ちをし、

「及川の奴」

と一人ごとをつぶやき、それでも心が妙に軽い。
舌打ちが曲になっている

頭の片隅にこびりついてる「勝也」。

もし本当にかかってきたら・・あたし・・
どうしてたんだろう・・

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燃えるようなどぎつい赤を、唇に塗った。
塗ってから気づいたのだ。

儀式の為に用意した口紅。
別れを祝う、毒色の赤だ。

・・及川どんな顔するんだろう・・この顔見て・・

そう思うと、またまた頬が緩んだ。

薫は髪を手で直しながら玄関の扉を開けた。

 

   続く

 

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