文学と占いは相通じるものがある

小説家になることを諦めた男のつぶやきです。

ca-pub-9247012416315181

熟した果実の落ちる頃

熟した果実の落ちる頃


              fuura

f:id:fuura0925:20150826124548j:plain


仙吉さんがふぬけになったのは ほん 三日前。
その日はちょうどお千さんが亡くなった日。

日本橋の、ねきからのびる、しなだれ柳の枝に紐をかけ、首をくくったのだ。
仙吉さんがおせんさんに気がある事は、もう有名。

小町のお糸や、角屋のお澄。器量良しが集まってはああだ、こうだと大騒ぎ。

仙吉さんは、すらり細見のやさ男。
切れあがった目じりが凛々しく、時折ほほ笑む口元に男の色気が、にじんでいる。
歌舞伎役者の染五郎にそっくりだ。

誰が仙吉さんを射止めるか、ああじゃ、こうじゃと鞘合戦をしていたうちが花。

やがて仙吉さんの(ほ)の字相手がお千さんだと知れるや、皆一様に押し黙った。

お千さんは立派なお歯黒。
旦那と言えば界隈一の大店の旦那だ。

誰しも本気にしなかったが、やれどこそこの出会茶屋に入るのを見た、やれ神社の境内で睦ましくしていたなど、まことしやかな噂が流れるにつれ・。

おてんとう様は節穴じゃない。
本当なら、そのうち罰があたるから。

その昔、仙吉さんは茶碗屋の番頭。
最初は町はずれの小さな茶碗屋だったが、仙吉さんの器量が有名になると、一目その器量を見ようと、江戸界隈から、お女中の群れ。
噂が人気をよびまたたく間に人気店。
いつの間にやら、日本橋の一等地に大店を構えるお店にまで発展した。

自分の手柄と天狗になってもいい話なのだが、さすが仙吉さんは奥ゆかしい。
茶碗屋の旦那を、「旦那、旦那」と立てて、決して前に出ようとしない。
その奥ゆかしさが又、人気を煽る。
現にあちこちの、お店から、娘の嫁にと、縁談が舞い込むのは、毎日の事。
しかしどうゆう料簡か、仙吉さんはどんな縁談にも首を縦にはふらなかった。

最初にお色話が広まったのが、越前屋のお光ちゃんとの話。
光ちゃんの鼻緒が切れ、たまたま居合わせた仙吉さんが鼻緒を結んであげたのが縁という。
出来すぎだと、もっぱらの噂。
光ちゃんは活発な娘で、鼻緒が切れたぐらいでどうこうする娘じゃない。
きっと仙吉さんは迷惑がっていたはずだ。
わざとじゃないかと、噂が広まった、三日月の夜、お光ちゃんは、夜遊び帰り何物かに刺された。
通り魔のせいらしいが、暗い時分に歩きまわる女子が悪い。
三日三晩うなされて召されたのは、罰があたったのだと、ひどい言われ方をしたのは、お光ちゃんの日頃の行いのせい。
自業自得だ。

その点、かんざし屋のお里ちゃんの場合は悲しい。
仙吉さんが自分のお店に勤める、お花の為にかんざしをみつくろってもらおうと、相談を受けてたその帰り、積まれていた材木の留め紐が切れ、その下敷きになった。
それはそれはもう、ひどい亡骸だったそうな。
かんざし屋夫婦の泣き顔がとても痛ましかった。

居酒屋の菊ちゃんが、深川から浮き死体で見つかった時から仙吉さんと付き合うと不幸がおとづれると、何処からともなく噂が出始めた。
それでも噂をしのぐ、仙吉さんの器量なのか。
不幸をものともしない、女傑が次から次へと仙吉さんに色目を流すが、仙吉さんは取り合わない。
どうやら参ったらしい。

自分と関わりのある女子が現実に次々と不幸にみまわれては心穏やかではいられない。
そこがまた、仙吉さんの優しいところだ。
それ以降女の噂がぷつりと途切れた仙吉さん。
そこに振って沸いたのがお千さんだった。
惚れたのはどうやら、仙吉さんのほうだったという。
しつこくお千さんに言い寄ったと聞くが、本当だろうか。
男女の間は、難しい。
障害があればあるほど、燃えるらしい。
仙吉さんは大いに悩んでいたという。
お千さんが旦那持ちだからでは無い。
不幸が舞い込みやしないか、、そう思う反面、お千さんの色香には心がどうしようもなかったようだ。

お千さんを本当に愛していたのなら、身を引くべきだった。
いづれお千さんに不幸がおとづれるのは目に見えてるのだから。

「お花、仙吉は何をしてるかい」
「あい、旦那さま。ぼーとしています」
「どうしちまったんだろうかね」
「さあ・・あたいにもわかりません」

「そうそうお花、なんでも先日しなだれ柳で首括った女子衆がいたと言うが、何か噂を知っておるかい」
「身持ちの悪いお店の女将さんが色恋に狂って吊ったという話ですよ」
「お前、なんていいぐさだよ。もう少し女子らしい言葉でお話なさい」
「あい、旦那さま。すみません」

「で仙吉のことだが」
「大丈夫です旦那さま。仙吉さんの事ならあたいにまかしておいてください。きっとどうにかしますから」
「おおそうかい。なんだか、この頃の仙吉、ほんに腑に落ちない事が多いからな」


「おや、ところでお花、そのかんざし、それ仙吉からもらったかんざしじゃないのかい」
「あい、そうで」
「勿体ないから挿さずにしまっておくといってた、そのかんざしどういう気の変化で挿す気になったんだい」
「旦那さま、あたい考えただ。かんざしはやっぱ、さしてなんぼのものじゃと」
「なにを、こましゃくれた事を」
「そろそろ、このかんざし、挿すころ合いだと」

そう言いながらお花は、鼻歌を口ずさんだ。
なあに、お千さんのことなんか、あとひと月もすれば仙吉さんだって忘れるはず。
また、仙吉さんがおかしな女にひっかかりそうになったら、あたいが守ってあげるんだ。
なんてったって仙吉さんを守ってあげられるのはあたいしかいない
んだから。

お花はかんざしに触れながらニタリと笑った。
熟した実は、結局あたいが食べるんだから。

 

 

小説の館トップへ


小説 ブログランキングへ