fuuraの小部屋

小説や本について寡黙に妄想。小説家になろうのサイトで人気を得る研究。小説家になるにはどうしたらいいかを研究。でも結局は、まずは小説と詩を書こう 。

吾輩は猫であるを・・もう一度しかたなしに読んだ感想

トリストラム・シャンディという小説をご存じだろうか。
18世紀イギリスの小説家ローレンス・スターンが書いた
小説だ。内容は荒唐無稽、奇抜、一貫したストーリは無く
「意識の流れ」の手法を先取りしたと言われている作品だ。

人間の知識は静的な部分の配列によって成り立つものでは
なく、動的なイメージや観念が流れるように連なったもの
であるとする考え方だ。

日本の作家では川端康成が「針と硝子と霧」「水晶幻想」に
おいて実験的に用いているが成功しているとはいいがたい。

実は漱石、ローレンス・スターンに傾倒していたのだ。
先輩や仲間から、小説を書け、書けと勧められ、やむなく
書いたのが吾輩は猫であるなのだが、もともと最初の一編
でやめるつもりだった。
書いた時はうつ状態だったし。

ところが、ローレンスに傾倒していた漱石の作品は最初の
掴み、猫を主人公にするという、多少ローレンスを意識した
作風を冗談のつもりで書けば、これが受けて、挙句書くの
をやめるにやめられなくなったのは御存じのとおり。

うだうだと訳の分からぬことを延々、しつこく語り読者を
煙に巻くローレンス流作風が漱石に合うはずがない。
最初は自分の見解を猫の目を通し、説教調、あるいは講談風
あるいは美文調と、わざと辻褄があわぬよう、合わぬよう
書き上げていくが、根っからの真面目人間、さすがに辛くな
ってきたのだろう、並行して他の作品も手掛けるようになっ
てきた。

漱石の文学を志すという意味で書かれた作品は吾輩は猫である
以降に書いた作品なのだが、どうしても処女作吾輩は猫である
漱石の代表作と言われるのを聞けば、草葉の陰で漱石、苦笑
しているのではないだろうか。

日頃の考えを無茶苦茶適当に書いただけの作品なのにと。

夏目漱石は博学だ。
天才的な頭脳の持ち主と言われる。
記憶力も抜群だと。

その、漱石の根底に流れるのは個人主義
あるいは男女の個人主義

時代はとにもかくにも男尊女卑の時代。
しかし合理主義の漱石には納得がいかない。
納得はいかないが、幼いころより叩き込まれた男尊女卑
の概念はそうたやすく消えるものではない。

男と女の平等とは何か。
本当に平等なのか。
平等でやっていけるのか。
女が絡めば男同士の平等は崩れる。
この摩訶不思議な心理はなんなんだ。

マクロの個人主義、平等主義についての思想については夏目漱
石の右に出るものはいなかっただろう。
その博識は他を圧倒させる知識量だ。
漱石個人主義を論破できるものなどいなかったのだが、唯一
いたのが、皮肉なことに漱石自身。

実生活ではこの個人主義に沈没。
特に恋愛面において。

マクロの個人主義は吠えればいい。
しかしミクロでの個人主義、いわゆる具体的な生活レベルでの
個人主義漱石は表にこそ出さないが心の中で葛藤していた。
現実にそぐわないじゃないか・・
個人主義はミクロに近づけば近づくほど破綻する。
特に女性相手では。

女は魔訶不思議なもの。
男より劣る生き物ではないが、しかしその本体はベールに包
まれ謎だらけ。

漱石の作品は、吾輩は猫であるを除けば、まさに男女間の
平等を題材に、個人主義の底辺に潜む闇をあぶりだそうと
する作品が多い。
平たく書けば三角関係、そして不倫。

漱石自身の女性関係は淡白なものだ。
弟子たち、嫁の証言からも、妻一筋の男だったそうな。

三角関係のドロドロを、漱石は実体験無しに書いていたの
だろうか。否それはない。
若き頃の失恋で、漱石は恋愛に対し、否、女性に対しすっか
り臆病になってしまったのが因とする説もあるが、今回は
吾輩は猫であるの書評、この件は置いておくことにしよう。

さて吾輩は猫であるの書評に戻ろう。
この小説、先にも書いたように、漱石が書こうとしてイメー
ジした小説ではない。
とりあえず、まあ書いてみようかと書いた作品だ。
いわば、少し(おちゃらけ)て書かれている。

面白いことにこの小説、猫に名前を付けていない。
わざわざ最初に、断り書きまでつけて、吾輩は猫である
名前はまだないと・・宣言している。

名前を付けなかった理由については、色々論評されているが
つまるところ、名前を付ければ読み手に猫のイメージがつい
てしまうからと言われている。
吾輩という尊大な表現に続く猫という(畜生)のイメージを
読者自身に感じてもらうためにこの名無し猫は成功したとも
言われている。

私が思うに漱石が猫に名前を付けなかったのは、猫の概念を
個人主義の総体として漠然と意識し、わからなかったからと
思う。
ある種恐怖の総体でもあったのではないのだろうか。
わからない物に対する恐怖。
この総体を猫に押し込め、漱石自身が猫に問いかけているのだ。

何なんだ、この世の中は
何なんだこの不条理は

最後に猫を殺してしまうのも漱石らしい。
書くのが嫌になったから猫を殺したとうそぶいたそうだが
そうではないだろう。
何かが吹っ切れたのではないだろうか。

気ままな猫は自由だ。その自由な猫に窮屈極まりない名前など
そもそもつけること自体おかしい、意識無意識を別にし、漱石
感覚としてそう閃いたのではないだろうか。
もしそうだとすると、一つ頷けることがある。

嫁にも名前がないのだ。
ただ細君としてしかでてこない。
他の登場人物には名をつけているが、猫と細君には名をつけて
いない。

作品中何度も出てくるし、決して脇役ではない。
重要な登場人物だ。
この細君に名をつけなかった理由・・・

案外この辺に夏目漱石の(病んで暗い部分が)推察できるのだが
残念なことにその部分にメスを入れた評論家はまだいない。

漱石は作中の人物の名にはこだわったと聞く。
ならば処女作とはいえ、なぜ細君にだけ名をつけなかったのか
くだらないと思われるかもしれないが、私にはここにこそ夏目漱石
研究課題が残っているのではと・・・まあ

アイスなど食べながら思うのだが。
吾輩は猫である、とにかく読むにしんどい作品だ。


何度も言うが、漱石さん、これ書いた時、読み手に理解できな
い小説こそ素晴らしい作品だと思ってた節がありますから、あ
まり裏の裏を読み過ぎると、漱石さんの罠に落ちる気がするん
ですが。

読むにしんどい作品
これに尽きますよ
吾輩は猫であるは・・・。

ども・・・ども・・・

お久しぶりで

 

やっと戻ってきました。

色んな事

一区切りし

さあ、これから暇になるぞと

思いきや、性格ですかね

湧いてくるように

予定が重複

 

何のための身辺整理か

わからなくなりました(笑)

 

まあ、

なにはさておき

これからもまた

ぼちぼちブログ始めますから

よろしくお願いします

 

 

しばしお休み

私生活があわただしく

しばし記事はお休み

 

あしからず

 

19日以降

再開予定

 

ああ、忙し・・・

退屈な日常

さてと

そろそろ目標を定めて

夢追いかけてみるか

 

下準備は

整った

 

夢は結局

捨てる事から始まるらしい

 

退屈な日常

放り投げてやった

恋しいお日様

どんよりとした日が続く

やっと梅雨らしくなったってことか

 

でも

やっぱ

 

キラキラお日様の顔

見ている方が

好きだな・・・(笑)

ミミズクと夜の王を読んで

電撃小説大賞受賞作。
不思議な世界観だ。

私の大好きな小説家有川浩が解説を書いている。

「白状します。泣きました。奇ををてらわない
このまっすぐさに負けた。チクショー」

最初の行で有川はこう書きだしている。
最大の誉め言葉だろう。
こりゃ、読まなきゃいかんだろう。

で、さっそくページをめくればそこはもういき
なりメルヘンの世界。
ただのメルヘンじゃない。
ダークなメルヘン。
うわ!この世界観苦手だ・・・
直感的に浮かんだ思惑は、有川浩の「チクショー」
の言葉に軽く蹴っ飛ばされた。

げ、なんだ、この感覚は。
しかしもう遅い。
本の中からぬるりと手が伸びると私の柔らかな
部分をひとつかみ。
本の世界に引きづりこまれた。

湿っているようで乾燥。
おどろおどろしているようで、眩しい。
目を凝らせば、まっすぐ射る主人公ミミズクの瞳
に釘づけ。

みどりの香とまばゆい闇。
飛びかうダークな世界は、それでいて星屑をまき
散らしている。

胸の奥がちくちく痛む。
見れば周囲から骨の欠片が飛んできている。
骨の欠片は私の細胞の奥底に潜んでいる原始的な
良心に突き刺さる。

生きてる根源を
生きる源を
何故生きるのか

そんな諸々の大雑把でいて、原点でもある本来の
良心。
容赦なく骨の欠片は私の原始的な良心に突き刺さる。

そうか、
これか
これなんだ

匂いじゃない
臭いで感じ取った最初の故郷感。
これだったんだ。

何故か悲しい
何故かむなしい
何故か無力だ。

しかし逃げ出せない
なんなんだ、この甘く切ない良心の調べは。

悲しい、思わず涙腺が膨らむ
理由がわからないのだ。
淡々と流れる物語のいかだは、あちこち
張られた透明な琴線に触れると、私の良心
を刺激して、惑わせ、涙となって垂れていく。

耳を澄ませば、音が聞こえる。
素朴な音だ。
無欲で、ただ、流れに任され死にながら生きて
いるミミズク。

そこに現れた夜の王ふくろう。

言葉なんかいらない。
二つの無欲がぶつかり合い、融合した時無欲の
玉ははじけ、生きる無欲の本質をさらけ出す。
これこそが、良心の源泉か。

遥か昔、我ら先祖が語り聞かせてきた伝説を
この物語は、淡々と、ただ淡々と放り投げる。
観客は放り投げられた物語の欠片を掴むと気
づいてしまう。

自分の良心がいかに手垢にまみれ汚れきって
いたかを。

物語の終末にたどり着いたとき、観客は思い
しるだろう。
なんてことはない、我々は入り口に向かって
進んでいたことを。

そう・・・
物語は今始まるのだ。

合掌

合掌・・・

 

小林麻央さん死去 34歳 22日夜自宅で 闘病中にブログ続けるも力尽く

6/23(金) 11:06配信

スポニチアネックス

 歌舞伎俳優、市川海老蔵(39)の妻でフリーアナウンサー小林麻央(こばやし・まお)さんが22日夜、都内の自宅で死去した。34歳。東京都出身。人気キャスターから梨園の妻へ転身し、成田屋を支えていた14年10月、乳がんの告知を受けて闘病中だった。21日に容態が急変したという。

 

 

この姉妹

恋のから騒ぎ時代から

ファンだったのに

 

若くして逝くのは

やっぱ

悲しいよな・・・・・

 

合掌

蜜蜂と遠雷を読んで

音符が降ってくる。

痛くはないがもう、バラバラばらばらと
辺りはあっという間に音楽の山

シャープやフラットはくるくる回りながら
二分音符はタタタッと、四分音符は逆さまに
十六分音符は斜めになってケタケタ笑っている。
ものすごい数だ。

雪のように降ってくる。
コンコン、キャッキャと降ってくる。
どの表情も満面笑み。
楽しさは伝播する。
触れる者、ふれるもの、全てに笑みを与える。

降りしきる音符の雪は体に当たると、お約束事
のように身体の中に染みていく。
すると、音符たちは体の中で寝ていた言霊たちを
揺り動かす。

起きろ、起きろ、さあ、感動の時間だ。
言霊たちは目をこすりながら、音符に誘われる。
突然、笑い、弾け、手を取りあい踊りだす。
音符と言霊のコラボだ。

身体が熱くなる。
燃え上がる。
感動の息吹が、めらめらと、心の奥底からタケノ
コのように突き出してくる。

「ふざけるな!」
そんな、まやかしになんかに乗るもんか。
お前の手の内はわかっているんだ。
少女趣味な技法は、とっくの昔にばれているんだ。

そう強がるが、感動の息吹は強がりの塊さえ肩に
手を回し、踊ろうと誘う。
敵味方なんか関係ない
感動を分かち合おうよ。

「えーい!その手は私には通用しないんだ」

払いのけようとするが、力が入らない。
興奮が、感動が、喜びが、歓喜が、楔のように
まとわりついてくる。
それが、とんでもなく快感なんだ。

強がりは、音符と言霊のワルツに乗って、やがて
溶けだし、隠し持った私の良心をも引き釣り出す。
アイデンティティの崩壊だ。
自我が他者と融合してしまう。
止めてくくれ!

書き連なれた物語の行間など読み解く必要がない。
行間に音符が隠れ、ひょいと現れる。
言霊と手などつないで。

「さあ、批判精神なんか放り出せ、一緒に踊ろ」

誘われ、おずおず手を出せば、その手を握りしめ
踊り狂う、音符と言霊の世界に私を誘う。

と、突然踊りが止まった。
全員が空を見上げた。
三日月の端に女がぶら下がっている。

「あれは」

女は手を放し、三日月から地上に降りてきた。
音符たちが集まり、大きなクッションで女を迎え
入れる。

歓声が凄い。
割れんばかりの音響だ。
言霊は地を踏み鳴らし、音符の歓声と共鳴する。
拍手の嵐が、津波のように押し寄せ、やがて
静寂。

女が立ち上がったのだ。
純白の衣装。
なんと神々しい姿だ。
その人の名は おんだりく
そう、 恩田陸
手には、赤い血のような赤さのタクトを握りしめ。

恩田は血のタクトを振り上げた。

「やめろ、もうやめてくれ、感動は十分だ。これ
 以上の感動は魂が溶けてしまう」

しかし、恩田はやめない。
タクトを振り下ろすと、また始まりだ。
音と言霊のコラボ。
大地が騒めき、全ての空間が感動の嵐に飲み込
まれる。
止めてくれ・・・・

 

そんな小説が、蜜蜂と遠雷
凄い小説だ。
本屋大賞直木賞受賞は本物だ。
本物の力をいかんなく見せつけた。

読み手が感動するのは作家として当たり前だろう。
しかし書き手をも唸らせるこの技法はなんだ。
いや、技法ではない。
技などつかっていない。
ただ、音楽レースの有様を書き連ねた小説だ。
筋書きはいたってシンプル。
シンプルゆえにそのすごさがいよいよ冴えわたる。

何なんだ、この上手さは。

語彙の豊富さの裏には、何かが潜んでいる。
その何かが、わからない。
神か、言葉の神に愛されたオーラのなせる業なのか
ならば、恩田はもう神に昇華してしまったのか。

ならば頷ける。

善人だらけの登場人物。
悪人はいない。
足を引っ張ろうとする人もいない。
ただひたすら、善人だらけの配役が、音符と言霊
の嵐を踊りぬける。

踊る阿呆に見る阿呆、どうせ阿保なら踊らな損損
踊り狂えば感動の汗が飛び散る。

ただそれだけの小説。
なのに何なんだ、この感動は。
首にわっかをかけられ、否おうなしに感動という
火中の中に放り込まれる。
しかし、この火中が心地よい。
強制に放り込まれる、その行為すら愉快だ。

まてよ、恩田は神になったのではない。
ひょっとしたら、音符と言霊の奴隷になったのでは。
強烈な感動の矢を得るために、音符と言霊にすり寄
ったのか。

まてまて、それは、神にしかできない所業。
ならば恩田は、やはり神になったのか。
神、いや女王。

恩田陸
恐ろしい作家だ。
この先どんな作品を世界にちりばめるのだろうか。

見てみたいものだ。

いや、
渦中に入り込み、流れに身を任せてみたい。
恩田が与えるものが、言霊の麻薬ならば、こんな
甘美な麻薬はない。

喜んで中毒患者になってやる。

でもこれ以上の作品
書けるのだろうか、人技で。

凄い落ち

友人との飲みの席で

友人がニタリ顔で

「俺今モテ期」

ほざいた。

 

髪が薄く

腹が出て

短足出っ歯

ケチで、貧乏で

臭くて、エンドレスな話が得意

 

どこがモテ期じゃ

思わずつっこもうとすると

待てと私を手で押しとどめ

 

不倫したと、これまたほざいた

 

はあん?

世の中には物好きな女がいるもんだと

首ひねると

「がははモテ期、モテ期じゃわい」

と豪快に笑う

 

どうも信憑性が乏しすぎる

「で、、落ちは?」

 

と促すと

 

「夢じゃ夢、朝起きたら夢精しとった」

 

と下品な落ち。

 

「しかし凄いだろ、夢精だぞ、夢精」

 

何が夢精だ、ションベんちびっただけだろうに

そう思ったが幸せそうな顔

 

ま、、いいか

 

それにしても

その年で夢精・・・

凄い落ちだ(笑)

 

 

 

 

優しかった彼女をなぜ鬼嫁に感じるか を読んで

別に私の嫁が鬼嫁だから読みたくなったとは
決っして思わないでください。

私の嫁は天使です。
乙女です。
優しさの塊です。

ですから
こんな本まったく読む必要がないのですが、
まあ皆さん聞いてください。この本脳科学
本なんですよ。

あはは、驚いたでしょ。

私も驚きました。違うじゃん。わしゃ、鬼嫁
の話を聞きたかったんだ、どうしたら鬼嫁で
なくなるか、その解決策を知りたかったのに、
脳科学とは、どうゆうつもりじゃ、金返せ・・・

コホン・・あ、つまり、その・・
そうそう、脳科学の話なんですよ。

本の話をしなくっちゃ。

で、脳科学なんですが、全ての不合理は脳科学
見地から眺めれば全て合理的であると、この本は
説いています。

難しい本を読むと眠くなるのは
直感で判断すると間違えてしまうのは
利益や損失を見誤まってしまうのは

こんな諸々
全て脳科学から見ればしごく当たり前のこと。
すなわち原因がわかっているのです。
ならば解決策もわかるはず・・

ほーら
興味湧いてきたでしょ。

上手くいけば株で儲け
女子をたらしこみ、、じゃなかった、お付き合い
でき、上司の難癖を煙のように消してみたり
ストレス発散法がわかっちゃうんです。

でね、どうしてそうなるかの、合理的説明が
これまた合理的なんです。
さすが、脳科学の先生、やりますよね。

私軽口で書いてますが、なかなかどうしてこの本
実に分かり易く、そこそこのおバカさんでもわか
るよう懇切丁寧に書いてくれてるんです。

だって私が理解できたくらいなんですから。

解決策も当然最後に出てくるんですよ。
でね、私もその解決策にのっとって試してみようと
したんですがね、これが困った。
困っちゃったんです。

私には解決すべき悩みが無い

あちゃ・・・
気づいちゃったんです、脳天気な自分に

そうそう、鬼嫁の話なんですがね、どうして
優しかった彼女が鬼嫁に感じるか、実は私には
これも関係なかったんです。

だってさあ、私の嫁・・・
正直言っちゃうと
最初から鬼だったんだもん・・・

あちゃ、言っちゃった

あ、かんにん
かんにん
堪忍どっせ

冗談、冗談にきまってますがな・・・(汗)

アアア・・・

短編小説を

ポチポチ書き始めた

 

相変わらず

下手だなア

と思うもう一人の自分が

呟く

 

しかたない

書き直してみるか・・・・(汗)

「クラッシクを聴け」を読んで

面白い本だ。
まず最初にそれを言っておく。
買って損はない。
特にクラシックに興味はないが彼女がクラッ
シクックに興味がある。つまりクラッシックを
知ってる振りするのは最適な本だと。

ところで、クラシックの演奏会に行った事が
ある人はどのくらいいるのだろうか。
勿論私は行ったことがない。
興味以前に、あの尊厳に満ち溢れた空間に入り
音楽を楽しむなど、ノミの心臓である私ごとき
が入れるわけがない。

だって面白いと思えないと、思うからだ。
面白く感じろなんて、そんなの敷居が高すぎて
乗り越えられないよ。

長渕剛のコンサートなら行ったことがある。
興奮したよな。
あのノリでクラッシックのコンサートを聴けたら
いいのだが、どうも次元が違うようだ。

クラシックと長渕の音楽。
どう違うのかは私には定義できないが、少なくと
も私は長渕のコンサートで寝ることは無い。
時折、テレビでクラシックのコンサートを聴く
が(嫁が好きで聴いている)少し経つと強烈な
睡魔に襲われる。

そういえば思い出した。
昔音大の女子学生とお付き合いしたことがある。
音楽に興味があるふりをして付き合っていたが
(まんざら嘘ではない。現実に長渕のコンサート
には一人で何度も行ったことがあるのだから)
その音大生の女子ですら、生コンサートに行った
ことが無いという。
その彼女に、コンサートに誘われたこともない。

まあ、私の音楽論の底の浅さが見破られていたの
かも知らないが、少なくとも彼女もコンサートに
は行っていない。

もっともチケット代が高いから並みの女子大生
には気安くはいけないかもしれない。
無料のコンサートもあるが、やはり有名どころを
聴いて耳を肥やしたいと思うのが人情だろう。

ん?
何の話だったのか・・いかん、いかん、本の
感想だった。
今年の直木賞、本屋賞、ダブル受賞の蜜蜂と遠雷
買って読んでいるのだが、この本は凄い、凄すぎた。
そこで思ったのだ。
クラシックの知識が多少あれば、もっと感動する
のではと。
そして基本的な疑問?
クラシックの良し悪しって本当に聞き分ける事が
できるのだろうかと。

小説の良し悪しなら私にもわかる。
映画も演劇も、まあなんとか想像はできる。
しかしクラシックは想像すらつかない。
誰が弾いても同じじゃないか、どこがどう違うから
良い悪いと判別できるのかと・・・

知識欲は一時感動の本を読むのを止めさせ、答え探
しを先にした。
で、手に取った本が「クラシックを聴け」だ。

この本も凄い。
目からうろこだ。
正直大雑把に言えば、現状のクラシック界を大
いに嘆いている本だ。

悪口?と思われる記述はもう、あちこちにちりばめ
られている。
いわゆるハウツー物じゃない。
クラシックを本気で愛している、一ファンの嘆き
節だと思えば、心にストンと落ちる。
だからこそ、クラシックの(今)がよくわかり
クラシックの何たるかも、おおよその外枠だけだ
が、おぼろげにわかってしまう。
知ったかぶりが出来るほどの知識は十分吸収できる。

もっとすごいのは読み物としても面白いという点だ。
音楽を素人にもわかるよう懇切丁寧に説明してくれる
読めばクラシック通になった気分になれる事請け合
いだ。

クラシックを知らなければ知らないほど、合点がい
くこの本はまさにクラシックの手引書としてもいい。

クラシックは推理小説だと著者はいう。
ならば本好きの人には最適な音楽ではないのか。
当然クラシックを聴くうえで押えておかなければ
いけない約束事はある。
この約束事を踏まえ、クラシックを聴けば、あら
不思議、今までとは違った感性で聴くことができる。
らしい・・・

私はまだその域には行けてないが(笑)

そう、クラシックは聴くものではない。吟味し
推理するものなんだと。
そりゃ、奥が深いはずだ。
相応の知識が無けりゃわからないはずだ。
いや知識とは言うまい。
決まり事か。

茶道、お花、に相通づる世界観なのかもしれない。

まあこの本読んでみてください。
クラシック通になる事請け合いです。
もっとも底は浅いですが

クラシックと、日本の私小説
これもまた、似てるよな
なんとなく・・・・

ああ面白い小説が読みたい・・そして書きたい。

努力に関する名言集

少し挫折感が首をもたげてきたから

そんな時は名言集

 

努力に関する名言集を集めてみました

 

 

努力こそ夢への第一歩

 

明日やろうは馬鹿野郎

 

成功するまで続けたら失敗ではなく経験になる

 

才能よりも努力を続けられるかどうかのほうが重要です。継続できる人のほうが結果的には伸びる

 

「努力は必ず報われる」この言葉は確かじゃないけれど「継続は力なり」この言葉は確か

 

毎日の小さな努力のつみ重ねが、歴史を作っていくんだよ

 

進歩しないものはすたれ、退かず努力するものは必ず前進する

 

不規則な生活が続けば、それが規則となる

 

99%は失敗の連続であったそして、その実を結んだ1%の成功が現在の私である

 

続けることが大事なのではなく「続けられる方法でやるのが大事なのだ」と思っています

 

小さいことを重ねることがとんでもないところに行くただ一つの道だ

 

途中でへばってしまう。でも一段ずつ確実に上がっていけば時間はかかっても頂上まで上がることができる

 

行動を起こすから、その先に何かが生まれる。変化は突然ではなく小さな努力の積み重ねから生まれるんです

 

来る週も、来る月も、絶えず前進を続けていれば必ず向上するものである。 最後に成功すれば、初めの失敗などは問題にならない

 

成功とは、小さな努力を毎日積み重ねた集積である

 

結局、やり続けた奴が勝ちでしょう

 

人生とは自転車に乗るようなものだ。ペダルをこぐのをやめなければ、転びはしない

 

私たちの最大の弱点は諦めることにある。 成功するのに最も確実な方法は、常にもう一回だけ試してみることだ。

 

作家になりたかったら、毎日三時間、十年間書き続けていればなれる

 

プロの作家とは、書くことをやめなかったアマチュアのことである

 

本当に物事を成し遂げる為には、成功するまで諦めない事である。やっていくうちに、世の中の情熱が有利に展開していくことだってあるのだから

 

成果をあげる人とあげない人の差は、才能ではない。いくつかの習慣的な姿勢と、基礎的な方法を身につけているかどうかの問題である

タロット占いができると

言ったものだから

友人がよく当たると冗談言ったものだから

 

占え

占ってほしいと

もう

うるさい

うるさい

 

冗談

冗談

 

火消しに奔走

 

 

噂とは

ホント怖いものだ(汗)

ほおける

今日もスケジュール

きちきち

 

明日も

明後日も

この先もズート

 

ふとおもう

 

このまま

この状態で

力尽きたら

案外

大往生なのかもと

 

チラリとだが

そう思う

 

それにしても

アイスクリームがうまい!!