fuuraの小部屋

小説や本について寡黙に妄想。小説家になろうのサイトで人気を得る研究。小説家になるにはどうしたらいいかを研究。でも結局は、まずは小説と詩を書こう 。

おかしい

どうもおかしい

ブログの表示がおかしい

うまく書けないし

記事も読めない

 

とりあえず

もう少し

調べてみないと

ご報告

パソコンが壊れ

修理しこのブログ再起動したが

動かない

おいおい・・・

 

色々試して

やっとかけるところまで

来たが

 

この先どうなるか

 

とりあえず

みなさん

今しばらく

パソコンで遊んでいますので

お許しください

寝よう

少し生活ハード感あり

 

やはり

睡眠

もう少しとらないといけないよな

 

で、こんやは

もう寝よう・・・

隠れスイッチ

昨日の読書会はおもしろかった。

 

年齢層が比較的高め(ものすごく高め)な為か

中々忌憚のない意見が飛び交い、話が先に進まない

やはり人生経験豊富な人の語りは含蓄に富みおもしろい

 

話を聞いていて思った事だが、なんやかや言っても

結局本音は皆関りを持ちたいのだ

人間とのかかわりは当然として、集団、すなわち社会。

 

定年制度はもったいない

若年層の雇用を確保する為とまことしやかに言われるが

こんな胡散臭い理由で能力ある高齢者を社会から隔絶してしまう

定年制、どうも納得がいかない

 

要は制度の有り方の問題で年齢を一律に決めある年が来たら

一斉に強制的離脱をよぎなくする制度は

本来憲法違反じゃないかと思えるのだが、まあ、それはいい

私だって強制離脱を決めてもらってないと死ぬまで

働かされそうな予感がして(;'∀')

 

どの先進国も困っている

高齢者問題

少子化

雇用

景気

格差

 

そろそろ地球規模の経済政策を本格的に始めないと

神が作り出した(人口抑制政策)が発動されそうな予感がしてならない

 

戦争はだれもがもうこりごりだと思っている

思っているが起こってしまうのが戦争

誰もが止めようとするが

それでも起こってしまうのが戦争

 

人のDNAに刻み込まれているのだろうか

戦争を発動させる、隠れスイッチが

 

ウォーターシップ・ダウンのうさぎたち を読んで

冒険活劇だ。
位置付けはファンタジー。
児童文学である。1973年にカーネギー賞とガーディアン賞を
ダブル受賞した。いわゆる名作。

最初友人から薦められた時舐めていた。
所詮ファンタジー、しかも昔の、イギリスのファンタージ
じゃん。
あの鏡の国のアリス指輪物語とか、ハリーポッターとか・・
有名どころの作品が次々思いつく。

正直苦手だ。
映画で見るには面白いが小説を読むのは結構辛い。
特にイギリス文学は。
いたづらに説明が長い。
冗長で、本題に入るに時間がかかる。
この導入の仕方が好きな読者もいるが、私は苦手だ。

本を買ってみてその分厚さにまず、驚いた。
児童書だろうが、なんだよ、この分厚さは。
読む気力がこの段階で萎えた。
しかし、薦められた手前多少は読まないとまずい。
しかたなくページを広げる。

で読み始めたわけだが、おいおい、これが児童小説か!
呟きは、批判だ。
まさに典型的なイギリス小説の出だし。
重苦しく、陰惨な世界観がジワート広がる。
勿論そんな小説じゃないのだが、先入観とは怖いものだ。

結局本を閉じ、しばし読むのを止める事にした。
辛い思いまでして本は読むものじゃない。
これはもう、私のポリシーだ。

ポリシーと人間関係は時として衝突する。
本を薦められた人と会う日ができた。
流石に知らんふりはできない。本についての会合
だから。

で、再び読み始めたわけなのだが・・・

最初の(イヤイヤ)山場を過ぎると思わずページを
急いでめくる自分がいた。
面白い、嘘だろ、超面白いじゃん。
これって、児童文学か?嘘だろう、大人への啓蒙書だろうが。

生きる事、食べる事、生殖すること
この三点に特化して、兎を主人公に社会学の勉強が
始まる。

この村は危ない、逃げなければ
霊感がある弟兎のお告げで物語は始まる。

まずは危ないことを兎の長に伝える。勿論そんなこと誰も
信じやしない。
弟の霊感を信じる兄は仲間を引き連れ村を脱出する計画を
立てる。
裏切り者は抹殺される。兎世界の掟だ。

まずは自分の村からの脱出劇
やがて新しい住処を見つけるために兎たちは飛び出す

試練、シレン、また試練

色んなトラブルに見舞われるたび、兎たちは何とか
困難をすり抜けていく。
当然仲間意識は強まっていく

やっと見つけた永住の地。
冒険は終わりかと思われたその時、リーダーは悟る
このままではいけない。
メスがいない。このままじゃ新しい村は発展しない
逃げ出した仲間はオスばかりなのだ。

新たな冒険の始まり、それはメスの仲間を見つける事

近くに大きな村を見つけた。
そこで新しいメスと出会えばいいのだ。
しかしその村は絶対的専制君主の将軍が収める村。
素直にメス兎との交流を許すはずがない。

奇策を使い何とかメス兎を連れ出し巣に戻った兎たちに
最後の試練が襲う。
兎を奪われた将軍が黙っているはずがない。

ものすごい大群で村は囲まれてしまった。
オスは殺され、メスは連れ戻されるのは確実。
戦っても無勢に多勢。戦力が違いすぎる
絶対絶命、助かる術は、皆が散りじりバラバラ、
逃げるしかない。
さあ、どうする

さあ、どうなる

凄いでしょ。
冒険活劇の要素が全て、ちりばめられています。
後半になればなるほど、読むことを止められません。
先が気になり、どうしようもなくなるのです

ワクワク、ドキドキの連続です。
登場人物ならぬ兎が多いので、読者は次第に
贔屓の登場兎を見つけていきます。

仲間意識はいつしか、読者まで巻き込んでしまいます。
御贔屓の登場人物は最後まで生き残る事ができる
のでしょか。
最後はハッピーエンドで終わるのでしょうか。

それは言えません
読んでみてください

お勧めです
読んで損が無いなどとは、とんでもない
読んでよかったとしか言えないはずです。

最初だけです
最初だけ、ほんの数ページ、我慢して読み進めば
その先には感動の女神が両手を広げて待っています。

後は、飛び込むだけです

溶けてしまいたい

同人誌の展示会と言うか販売会に行ってきた

初めての事

行きたいとは思っていたが、結局行かずじまい

もう少ししたら関西で大きな文学フリマがあるから

その時行こうと思っていたが

色んな人間関係が交錯し

その前にこじんまりとした

このフリマに

 

50ブースほどの展示だったので

見学はものの10分ほどで終了

 

思っていたよりスキルがよかった。

私がまだ(初心)だったころの同人誌は

まさに紙を束ねてホチキスで止める(笑)

 

それに比べたら

もう全ての同人誌がまさに完全な本

 

知り合いのサークル同人誌を一冊購入し

会場を後にしたが

 

彼ら彼女らがいる限り

文学は廃れない。

そう思いつつも

 

ああ、自分も何らかの貢献がしたいと

切に思う次第なのだが

今のところは

思うだけ

 

そんな自分が、歯がゆい

ただし、歯がゆいのは、ほんの少しだけ

 

そのほんの少ししか感じない自分の気持ちが

さらに歯がゆい

 

これじゃあ又、留まるところをしらない

無限ループの歯がゆさジャン

 

照りつける太陽下

ああ、

このまま、溶けてしまいたかった

高すぎるよ・・・本

最近新刊本を買う機会が増えてきた

今までは中古本を、しかも安いものを読み漁って

いたのでさほど感じなかったが

さすがに新刊

値段が高い

 

単行本、文庫も高いが特にハードカバーの本

海外文庫で有名どころの作家になれば

3000円付近の本ばかりだ。

これはさすがに痛い

月四冊ほど買えば軽く一万は超えてしまう。

 

一万あれば中古本なら30冊は買える

まさか大好きな本代で悩むようになるとは

思わなかった。

 

本は自分への投資と考えているから

今まであまり値段にこだわらず買っていたが

さすがに本代だけで二万を超えると

他にしわ寄せが来そうだ(汗)

 

本を介した付き合いも多くなり

当然飲み会やら会合も多くなる

 

急に金使いが荒くなったものだから

嫁に疑われないかと

実はそこが一番問題、というか恐怖

 

本代で二万なんて言っても信じてもらえないもんな

古本、図書館、借りる

方法はいくらでもあるでしょ

それでなくても部屋、本だらけなのに・・・

 

それとも何?

他にお金使う必要が出てきたの・・・

 

ああ

世の中うまくいかないものだ

 

私個人の精神はハッピーなのに

外圧を気にしなければならないとは・・・

 

えっ?

何、日頃の行いが悪いからですって・・・

 

まあ、

そう言われたら身も蓋もありませんが(苦笑)

 

それにしても本代

高すぎるよ・・・

本気で(駄洒落じゃないですよ)図書館利用を

考えないと。

妄想

大型書店に行くと凄い人だ。

これで活字離れといわれているんだから

信じられない

 

レジは長蛇の列

探す本は見つからない

聞こうとする店員も見当たらない

 

結局ネットで買うと・・・(笑)

 

それにしても

読者層一千万として(盛りすぎかな?)

確かに書店が少なくなってきたので

一か所に集まるんだろうが

 

思ったことがある

 

読書好き

知的美人が多いじゃん

本屋探索も

案外いいもんかも

 

妄想満タンで

帰宅しました(笑)

ハルキスト

村上春樹じゃないが

マジックリアリズムの手法を用いて

小説を書こうと色々試行錯誤

しているのだが

これが、なかなかむつかしい

て、いうか

馴染めない(笑)

 

私の中でのワースト作家ナンバーワンだった

村上春樹

気が付けば、その手法に感心し

驚き、再認識。

振り返れば、彼の作品が沢山本棚に鎮座している

しかも手垢にまみれ

 

こりゃ

ひょっとして

ハルキストなのかもしれない(笑)

意味がわかんない

本物とはなんだろう

例えば

本物の音楽

本物の本

本物の絵画

 

贋作ではなく

本人が創作した作品を称し

これは本物だ

これはいまいち

これは駄作だと

 

 

本物の意味が

わからない

 

しかし

考えてみれば

本物がわからないのは当たり前なのかもしれない

 

もともと

本物も(いまいち)も

ぐにゃぐにゃした

不確かなものなんだから

 

そこにただあるもの

それだけなんだから

 

そこで新たな疑問が

・・・

・・・

 

いや、やめておこう

 

また

底なし沼に足を突っ込みそうだから

 

思惟のはざまに

私に

悪魔と

天使が

かわるがわる囁きかける

 

分離せよ

分離せよと

 

意味が

 

 

わかんない

 

 

 

予告された殺人の記録 を読んで

ガルシアマルケスをご存じだろうか。
若い女性なら、ああん、あれねと目を輝かすだ
ろうが、残念ながらブランド名のガルシアマル
ケスではない。

ラテンアメリカノーベル文学賞受賞作家の
ガルシアマルケス・・
そう言ってもピンとこない
有名な『百年の孤独』がさ・・・」と言うと、
多少文学に興味のある人なら思い出すかもしれ
ない。

ラテンアメリカ文学、日本ではまだまだ馴染み
がない。

しかし、こう言ってみればどうだろうか。

かの有名な村上春樹が無意識にでも、意識的にで
も色濃く影響された文学と。
マジックリアリズム〉あるいは〈魔術的リアリ
ズム〉という技法を使った、文学。
当然日本で言う、ファンタジーとは一線を画する。

これこそ、村上作品そのものです。

そのガルシアマルケスが書いた物語。
「予告された殺人の記録」を読んでみた。

なるほど、ラテンアメリカ文学は、面白い。
ただ、日本でいうところの面白いとは少しニュ
アンスが違うが。

「予告された殺人の記録」も、普通の読み方をし
ていれば、あらゆる仕込まれたトリックに気づか
ず、さらっと読み終わってしまう。
結局なんだこの作品、ノーベル文学賞作家もこの
程度か・・と思ってしまうかもしれない。

しかし紳士淑女諸君。
マジックリアリズムの伏線はいたるところにちり
ばめられているのです。

たとえば一文。

「ある朝、女中がカバーを外そうとして枕を振っ
たところ、中にあったピストルが床に落ちて暴発
した。飛び出した弾は部屋の洋服箪笥をぶち壊し、
居間の壁を突き抜けると、戦争を想わせるような
音を立てて隣家の台所を通過してゆき、広場の反
対側の端にある教会の、主祭壇に飾られていた等
身大の聖人像を、石膏の粉にしてしまった。サン
ティアゴ・ナサールは、当時まだほんの子供だっ
たが、その災難から学んだ教訓を、それ以来決し
て忘れなかった」

おわかりだろうか。

あり得るような話で、そのままスラっと読み流し
てしまうが、おいおいそんな弾どこにあるんだ、
と思わず突っ込みたくなりますよね。
いわゆる隠し絵的手法とでも言えばいいんでしょ
うか、文学の中で、ある種の遊びを取り入れ、そ
の遊びを取り入れる事により、本題のあり得なさ
にリアリティーを持たせてしまうのです。

この文面にマルケスは何を言わとしたのでしょう
か。

この隠し絵的な面白さ、勿論これだけではありま
せんが、通常の文学作品とは趣の違った方向性が
あり、これにはまると、ラテンアメリカ文学の虜
になると・・そんな代物なんですが。

そうそう、作品には関係ありませんがマルケス
FBIが24年間も監視していた」というニュースが
数年前、米紙「ワシントン・ポスト」が報じてい
ましたが、本当なんでしょうかね。

で、本に戻りますが。

自分が殺される日、サンティアゴ・ナサールは、
司教が船で着くのを待つために、朝、五時半に
起きた。

書き出しはこれで始まる。
つまりサンティアゴ・ナサールが殺されることは
わかっている。それは読者だけでなく、作中の誰
もが知っているが、知らないのは殺される本人だ
け。

この出だしからして、人を食っている。
しかし紛れもない純粋な文学作品だ。
綿密に構成され、セリフも、登場人物のあれもれも
一つ一つのピースを熟考に熟考を重ね配置されてい
る。
時折「現実ではありえない話を、さもあるように、
さらりと記述し読者を欺くユーモラスを練り上げ、
(もっともこのユーモアは読み手を選びはするが)
とにかく、何の変哲もない、一読すれば普通の小
説の態をようするが、実は宝物が埋め込まれてい
る。

そんな宝物を見つけ、一人ほくそ笑み、マルケス
と喜びを共有する。
ラテンアメリカ人らしい発想ではないか。
何を発現するにせよ、その中にはユーモアを(時
には幻影、魔術になるが)ちりばめ、読者の今あ
る知識層だれにも共有できるように取り繕う精神。

噛めば噛むほど味の出てくる作品。
読み手の感性により思惟の花火の大きさが違う作品

味わってみてはいかがだろうか。

マジックリアリズムの神髄を。

東京喰種 トーキョーグール

映画「東京喰種 トーキョーグール」を見てき
た。

漫画本、東京喰種 トーキョーグールが大好き
で、とうとう映画まで見てしまった。
あの世界観、いいです。
人間というか、生物の根源を見つめなおすには
ぴったりの世界観です。

その世界観に憧れ、小説まで過去書いてしまい
ました。

救世主なのに気づかない乙女達のララバイ
 (旧グール物語(喰種ストーリー)

 


長編です。
途中で世界観に変化が出始め、中途半端に中断中
ですが、世界観が構築出来次第又書こうと思って
いるのですが・・・

 

そうそう、映画の話。

グロくて、あまり女性受けするようなお話ではないの
に映画館は若い女性で一杯。
やはり作者石田スイさんのファンが多いんでしょうか
ね。

映画自体は、物語のさわりの部分だけしか扱っていな
かったので、少し消化不良気味でしたが、やはり続編
意識してるんでしょうかね。

映画の捉え方にもよりますが、テーゼとしては「命の
在り方」を考えさせられます。
人がブタや牛を食べるのは許されるが、人が人を食べ
るのは許されない。

グールは人を食べる事しか生きていけない。
生きるためには人を食べる
そんなグールを人間は駆逐しようとする。
当然だ。

しかしグールにしてみれば不当な扱いだ。
生れてきたことそれ自体が罪だというのか・・・

 

うーん
大好きなんです

こんな命題が(笑)

変化

本の断舎利化を進めていたら

30年前の啓発本がボコボコ出てきた

30年前私も悩んでいたんだと

本をパラパラめくってみたら

ついこのあいだ読んだ新刊の啓発本と

内容がかぶっている

 

今も昔も

結局悩みどころは同じなんだ

悟りかけたと思ったころ

うまい具合に人は死んでいく

 

人の心の核の部分は

今も昔も変わらないってことなんだ

 

文学で歴史に残る書物

つまるところ、幾百年たっても変わらぬ

人の心を描いた作品

 

少しだけ文学の何たるかが

見えてきたが

それはやはり

死に近づいたと言う事か(笑)

 

 

無知は犯罪

小説を書く代わりに読書量が飛躍的に伸びた

読書会やら輪読会やら、その他色々

とにかく好き嫌いでなく読まざるを得ない本を

読んでいくうち不思議な事に気づき始めた

 

つながっているのだ

小説にしろ

啓発本にしろ

学問書にしろ

 

読み進んでいるとバラバラだった思想の点が

まるでパズルのピースがはまり込むように

時々ピタッとはまる事があるのだ

 

これは気分がいい

 

知識が増えたというだけでなく

思想が見えたというか

とにかく目からうろこ感覚

とても快感

 

その昔同期で出世街道駆け上がった友人に

仕事でミスった時に上司の立場として

言われた一言がある

 

知らないことはしかたがない

知ろうとしないことが問題なんだ

無知は犯罪だ

 

その時はムカついたが

その言葉が今突然よみがえって来た

確かにそうかも

遅すぎるが(笑)

 

確かに無知は犯罪だ

 

無知の犯罪は

自分が無知であることを自覚した時から発動される

知らなきゃ知る努力をしろ

 

確かにその通りだ

文学という世界

付き合うグループのタイプが最近大きく変わった

そこで思う事だが

世の中凄い人が多い

て、いうより誰もが凄い一面を持っている

 

仕事での付き合いで出来上がったグループは

いわば勝負のグループ

表向きは平和な顔をしているが内心は

なにくそ、俺の方が上だという敵愾心がどうしてもはいってしまう

よくよく考えれば何が上なのかよくわからないのだが

とにかく負けたくない

 

ところが趣味を媒介にしたグループはそもそも競争心が無い

バックボーンもお互い関係ないから話さない

ところが付き合いが密になると、そのバックボーンがわかり

驚く事しきり

 

仕事の上では知り合うことが絶対できない相手が

気心が知れた後凄い仕事をしている人だと分かり

驚くより感心してしまう。

 

そんな人達には、この既知を利用し仕事に役立てたいとは

チラリとも思わない。

関係性が壊れるのが怖いからだ。

 

社会と言うのは面白い

 

どんな仕事をしていようと

安らぎの場を求めたがる

何の役にも立たない・・

そうわかっていてもそんな場を欲する

役に立たない場だからこそ、余計に焦がれる

 

だからこそ

役に立たない事の本質を探ってみると

案外、人の本質が見えてくる気がする

 

若かりし頃

趣味が金儲けになる

そんな仕事に憧れていたが

案外、これって、最悪なのかもしれない

 

意味はないが、何故かそう思う

そして確信に近い思惑だが

何故かそう思うことこそ

意外に真実なのかも・・・

 

それにしても

人は、なんて、複雑怪奇な生き物なんだろう

結局結論はここに落ち着くから

より埋没したくなる

 

文学という世界に