文学と占いは相通じるものがある

小説家になることを諦めた男のつぶやきです。

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【小説 赤い携帯】 祝ってあげなければ、私は先輩なんだから

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及川が東京に・・

考えてもみなかった。それだけに、薫が受け
たショックは大きい。

及川の東京赴任もさることながら、それを聞いた
自分の狼狽ぶりに愕然としたのだ。

喜んであげるべきだ。
笑顔で、肩を叩き

「やったじゃないか」

そう言って、軽い抱擁でもしてあげるべきなのに、
とてもそんな気にはなれない。

できるわけがない。

うろたえてる、自分に驚き、それがさらなる動揺
になっていく。

自分が、こんなにも脆い人間だとは、思ってもみ
なかった。

勝也から5年待ってくれと言われた時は、平気だ
った。

堂々とさえしていた。

それがどうだ。
ぼろぼろじゃないか。

握りしめた拳の震えが自分でも自覚できる。

寒いわけじゃない。

意識を一点に集中しようとするが、どうしても
「赴任」の二文字がちらついて、考えが定まら
ない。

いなくなるんだ・・
及川・・

たかだか、東京じゃないか。

及川と、勝也の顔が重なり、そのままスーと暗黒
の中に消えていく。

いなくなるんだ、みんなそうか・・
今日は、儀式だったんだ

何もかもが嫌になった。考える事すら、億劫にな
ってきた。

勝也との別れをはっきりさせる儀式のつもりが、
及川との別れの儀式にもなろうとは。

こんな終りがあるなんて

薫は苦笑した。

儀式なんてセンチメンタルな「遊び」をした報い
か。

私はただ、待っていただけだ。
5年も。
その私が悪いというのか
私が、私が何をしたというのだ。

お笑いだ。

突然、涙が溢れて落ちそうになった。
慌てて首をふった。

あれほど出てこなくて困っていた涙が、今はどう
だ。
油断したら簡単にこぼれ落ちそうだ。

見せてたまるか。
及川に涙なんか。
私は泣かないって決めたんだ。
見せてたまるか。

及川ごときの移動に、私が泣くはずがない。

「先輩」

気づけば、目の前に及川の顔があった。

むかつくほど清々しい。

どうしてそんなに清々しいんだ。
どうしてそんな顔ができるんだ。

そんなに東京行きが嬉しいのか。

「おめでとう」

そう言いたいのだが、どうしても口が動かない。
動かせば、涙がこぼれそうだ。

だが、言わなければ
笑って言ってあげなければ。
私は先輩だ。
言ってあげなければ・・

「おめでとう」って。

それが、儀式だろうに。

   続く

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