fuuraの小部屋

小説や本について寡黙に妄想。小説家になろうのサイトで人気を得る研究。小説家になるにはどうしたらいいかを研究。でも結局は、まずは小説と詩を書こう 。

「クラッシクを聴け」を読んで

面白い本だ。
まず最初にそれを言っておく。
買って損はない。
特にクラシックに興味はないが彼女がクラッ
シクックに興味がある。つまりクラッシックを
知ってる振りするのは最適な本だと。

ところで、クラシックの演奏会に行った事が
ある人はどのくらいいるのだろうか。
勿論私は行ったことがない。
興味以前に、あの尊厳に満ち溢れた空間に入り
音楽を楽しむなど、ノミの心臓である私ごとき
が入れるわけがない。

だって面白いと思えないと、思うからだ。
面白く感じろなんて、そんなの敷居が高すぎて
乗り越えられないよ。

長渕剛のコンサートなら行ったことがある。
興奮したよな。
あのノリでクラッシックのコンサートを聴けたら
いいのだが、どうも次元が違うようだ。

クラシックと長渕の音楽。
どう違うのかは私には定義できないが、少なくと
も私は長渕のコンサートで寝ることは無い。
時折、テレビでクラシックのコンサートを聴く
が(嫁が好きで聴いている)少し経つと強烈な
睡魔に襲われる。

そういえば思い出した。
昔音大の女子学生とお付き合いしたことがある。
音楽に興味があるふりをして付き合っていたが
(まんざら嘘ではない。現実に長渕のコンサート
には一人で何度も行ったことがあるのだから)
その音大生の女子ですら、生コンサートに行った
ことが無いという。
その彼女に、コンサートに誘われたこともない。

まあ、私の音楽論の底の浅さが見破られていたの
かも知らないが、少なくとも彼女もコンサートに
は行っていない。

もっともチケット代が高いから並みの女子大生
には気安くはいけないかもしれない。
無料のコンサートもあるが、やはり有名どころを
聴いて耳を肥やしたいと思うのが人情だろう。

ん?
何の話だったのか・・いかん、いかん、本の
感想だった。
今年の直木賞、本屋賞、ダブル受賞の蜜蜂と遠雷
買って読んでいるのだが、この本は凄い、凄すぎた。
そこで思ったのだ。
クラシックの知識が多少あれば、もっと感動する
のではと。
そして基本的な疑問?
クラシックの良し悪しって本当に聞き分ける事が
できるのだろうかと。

小説の良し悪しなら私にもわかる。
映画も演劇も、まあなんとか想像はできる。
しかしクラシックは想像すらつかない。
誰が弾いても同じじゃないか、どこがどう違うから
良い悪いと判別できるのかと・・・

知識欲は一時感動の本を読むのを止めさせ、答え探
しを先にした。
で、手に取った本が「クラシックを聴け」だ。

この本も凄い。
目からうろこだ。
正直大雑把に言えば、現状のクラシック界を大
いに嘆いている本だ。

悪口?と思われる記述はもう、あちこちにちりばめ
られている。
いわゆるハウツー物じゃない。
クラシックを本気で愛している、一ファンの嘆き
節だと思えば、心にストンと落ちる。
だからこそ、クラシックの(今)がよくわかり
クラシックの何たるかも、おおよその外枠だけだ
が、おぼろげにわかってしまう。
知ったかぶりが出来るほどの知識は十分吸収できる。

もっとすごいのは読み物としても面白いという点だ。
音楽を素人にもわかるよう懇切丁寧に説明してくれる
読めばクラシック通になった気分になれる事請け合
いだ。

クラシックを知らなければ知らないほど、合点がい
くこの本はまさにクラシックの手引書としてもいい。

クラシックは推理小説だと著者はいう。
ならば本好きの人には最適な音楽ではないのか。
当然クラシックを聴くうえで押えておかなければ
いけない約束事はある。
この約束事を踏まえ、クラシックを聴けば、あら
不思議、今までとは違った感性で聴くことができる。
らしい・・・

私はまだその域には行けてないが(笑)

そう、クラシックは聴くものではない。吟味し
推理するものなんだと。
そりゃ、奥が深いはずだ。
相応の知識が無けりゃわからないはずだ。
いや知識とは言うまい。
決まり事か。

茶道、お花、に相通づる世界観なのかもしれない。

まあこの本読んでみてください。
クラシック通になる事請け合いです。
もっとも底は浅いですが

クラシックと、日本の私小説
これもまた、似てるよな
なんとなく・・・・

ああ面白い小説が読みたい・・そして書きたい。