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fuuraの小部屋

小説や本について寡黙に妄想。小説家になろうのサイトで人気を得る研究。小説家になるにはどうしたらいいかを研究。でも結局は、まずは小説と詩を書こう 。

霊と怨念のはざまに漂う鐘楼流しの詩に花一輪 第十六話

小説

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私が死のうと思っていたのに嘘偽りない。

拓也のいない人生なんて、私には考えられなかっ
た。

私が思い描く楽しい未来の姿図には、拓也は必要
不可欠な存在だった。

拓也のいない未来に、私の未来もない。

拓也の脳死を受け入れられなかったのは、自分の
死の決心が定まらなかったからだ。

拓也の脳死を受け止めた、その時点が、私の命も
終わる時だ・・そう無意識に思い、その「死」へ
の恐怖が、拓也の脳死を認めない、私の躊躇とな
って、今日までの未練になっていたのだ。

拓也の死を嘆くのではなく、自分の「死」への恐
怖に狼狽し、立ちすくんでいただけなのだ。

病室の中で聞いた爆竹の音とともに私の中に入っ
てきた「拓也の想い」は私のひんまがった背骨を
まっすぐに伸ばした。

背筋を拓也が乗っ取ってしまったのだ。

なんて、賢い子なんだ。

天の邪鬼な私が、自ら死を選んでいる事を知って
いながら、そのまま諭したところで、素直に聞く
わけがないと思い、間接的に立花が死のうとして
いると語りかける、その手法。

まったく、私は子供扱いだ。

でも、おかげで、すっかり目覚めた。

センチな気分は、拓也を悲しんでいるのではなく
、センチな自分を慈しんでいただけだってことを。

私が死のうとししたのは、勿論絶望からだ。
しかし、その絶望の裏に潜む「浅ましい」煩悩を
、拓也は私に見せつけた。

私は、この言いようのない怒り、持って行きよう
のない怒りを、、実は同じ被害者である立花に向
けようとしていたのだ。

私が死ぬ事で、こんな事件に息子を巻き込んだ、
立花に「あざとい」嫌がらせをして、自分を慰め
ようとしていただけなのだ。

死という行為で。
何と卑怯な振る舞いだ。

立花の心は痛いほどわかる。

彼女とて、死のうとしてるのは、私よりも大きな
、持っていきようのない怒りに戸惑い、結局死ぬ
ことで「私」に立花の方が可哀そうなんだ・・と

・・いや・・言うまい。
これ以上言ってはいけない。
思ってもいけない。

悲しみを持った者同士がいがみあうことほど愚か
なことはない。

立花に何の非もない。

私達は同じ被害者なんだ。

憎みあってはいけない。
罰せられるのは、他にいる。

悲しみの波に飲み込まれ自分を見失ってはいけな
いのだ。

        続く

 

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