文学と占いは相通じるものがある

小説家になることを諦めた男のつぶやきです。

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霊と怨念のはざまに漂う鐘楼流しの詩に花一輪 第十四話

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握った携帯の向こうから力ない女の声が響いた。

私が自分の名を名乗ると、口調が変わった。

最初に出た、気だるそうな口調から一変し、ハキ
ハキとした、娘を女一人で育て上げた、気丈夫な
女の声に戻った。

偽りだ。
演技をしている。
この母親は。

悲しみと怒りの氷柱で無理やり演じているだけだ。

この母親は。

助けてあげて!と言う拓也の声が頭に響く。

ぜひ、会って話したい事があると伝えると、心も
ち空白の時間を経たのち、場所を訪ねてきた。

病院の近くの橋を指定すると今からすぐくるとい
う。

改めて名刺に眼をやると

「立花法律事務所」

と書かれていた。

弁護士なんだ。
彼女は。

恐る恐る、娘さんの名前を聞いてみた。

「凛音・・立花凛音と言います」

心臓が大きく、ドキンと鳴った。

まさかとは思ったが、驚きはしない。

拓也の想いは本物だった。

あの子の霊は彷徨っている。

脳死だから彷徨っているんじゃない。

私のいたらない、浅はかな行動に彷徨っているのだ。

日頃から偉そうなことを拓也に強いてきた自分が、い
ざ土壇場に遭うとこのざまだ。

子供に叱られている。

正義を貫くより、卑怯な「生」を選ばなかった息子
に嫉妬したんだ。

よくやった、さすが我が息子と褒めてあげないといけ
なかった。

娘さんを亡くした、あの母親をどうして労わる事がで
きなかったのか・・

土下座までさして、よくもまあ、自分だけの悲しみに
浸っていられたものだ。

拓也が笑っている。いや・・
怒っている。

不甲斐ない私を怒っている。

情けないったら、ありゃしない。

立花凛音の母親と、橋の中央で待ち合わせの約束を終
えると、私は携帯を切った。

浅黄色の携帯。

母さんにはこの色が一番似合う・・そう言って
拓也が去年私の誕生日に贈ってくれた携帯だ。

優しい音声メッセージを吹き込んで・・。

何度聞いたろうか。
このメッセージ。


再生ボタンを押してみた。

聞きなれた拓也の声が流れてきた。

この一か月は、ずーと聞き通しの拓也の声だ。

「かあさん、お誕生日おめでとう。僕も今年から社
 会人一年生です。お母さんには苦労をかけました
 が、これからどんどん恩返しをするつもりです。
 冗談で妹がほしいといったら、かあさんが妹だと
 思って可愛がりなさい・・といってもってきた子
 犬のグレープ。
 びっくりしちゃいました。でも、グレープが我が
 家に来たおかげで、楽しくなりましたよね。この
 先、僕は仕事で母さんと少し、離れ離れになる機
 会も多くなると思いますが、その間は、グレープ
 を僕だと思って可愛がってください。
 そうそう・・母さん、グレープ・・オスですよ。
 妹じゃなく、弟じゃないですか。」

もう、涙は枯れ果てて一粒も出てこない。

浅黄色の携帯は、まだ一年も経っていないというのに
、すっかり私の体の一部になじんでいた。

    続く

 

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