文学と占いは相通じるものがある

小説家になることを諦めた男のつぶやきです。

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霊と怨念のはざまに漂う鐘楼流しの詩に花一輪 第三話

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病院のベットに伏せ、私は今にもこと切れようと
していた。

75歳の冬だ。

ふと、思う。
胸の中で地味にくすぶっていた凛音に刺された、
あれは、結局夢だったのだ。

もうすぐあの世に旅出そうとしているのに、不思
議と含み笑いが消えない。

思い起こせば楽しいことばかりだ。

時折り小さな苦労が襲いはしたが、その後におと
づれる、数倍もの喜びが、苦労を吹き飛ばしてく
れた。

優しい妻に、出来すぎる子供たち。
愛らしい孫と、心休まる友人達。

幸せすぎる。
この上何を望めというのだ。

自分の人生に一点の心残りはない。

ベッドに伏せながら、心配げに覗きこむ、凛音や
子供たちの顔を見上げながら、いよいよ自分の最
後の時を予感したが、震えるからだとは裏腹に、
心は沸き立っている。


やりつくした充実感が、身体中に広がり、とにか
く笑いたくなってきた。

凛音や、子供達がこっけいに見えて、元気なら、
立ちあがり腹を抱えて笑いたいくらいだった。

死ぬとは、こんなことなのか、こんなに楽しいこと
なのか、こんなことでいいのか・・

かすかに疑念を感じながらも、とにかく自分が死
んでいこうとしているのはまぎれもない事実だ。

凛音にはとにかく感謝の一言しかない。

浮気など勿論したことはない。

いやしたいとも思わなかった。

凛音が理想に近い女性であったのも事実だが、や
はり、結婚する前に見た、あの不吉な夢におびえて
いたのかもしれない。

いつか、自分に魔がさし浮気をして、凛音が私を
刺す・・そんな現実が来るのを私は予感していた
のかもしれない。

凛音は優しかったが、私はそれ以上に優しかった
はずだ。

凛音の優しさは無拓の優しさであったろうが、私
の優しさは打算の産物だ。

ほんの少し、心が疼くが、だからといって、悔い
はない。

凛音達がぼやけはじめ、身体中の力が失せていく。

はは・・ん、いよいよ召されるんだ。

これが死ぬということなのか。


静かに目を閉じ、暗闇の中に自分が沈んでいくの
を意識した。


どんどん、どんどん深く、深く沈んでいく。


「カシャリ!」


カメラのシャッターを切った音が響いた時、私は
はっきりと自分の死を

「自覚」

した。

 

死んだんだ・・私は。

・・・
・・・
・・・
・・・

 

目を開けると、そこに凛音が立っていた。


あの、私のアパートの、玄関の前だ。


夢・・?

   続く

 

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