文学と占いは相通じるものがある

小説家になることを諦めた男のつぶやきです。

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ぼやけた女にくすぐられた男の瞳に愛が宿る訳  最終章

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「君とつき合う男は不幸になるからかい」
「それもあるわ」

「他には」

「けだるいのよ。愛だの、恋だの、そんな甘いたわごと」

「ずいぶんせつない事を言うんだな」

「それが・・私」

「心にもないことを」

「夢だったの・・これは」
「夢なんかじゃないさ・・私はこうして今君の前にい
 るじゃないか」

「この状態そのものが夢なの」

「どうして夢で終わらせようとするんだい」

「意味がないから」
「意味?」

 

「もう帰りましょ。もうすぐ日が昇るわ。」

「間違った出口を開いて、入口から帰る、おかしくな
 いかい」

「それが私たちの関係」

「君の関係さ。私の関係はそうじゃない」

「抱きあった後、始まる関係だってあるんだぜ」

「そんな関係こそ、まやかし」
「・・・」
「だから、終わり、だから帰るの、だから夢」


沙希はそう苦笑すると、下着をつけ始めた。
時折、チラ見する沙希の瞳に、あの力強さは無い。


「知ってるかい」
「なにを?」

「出会いの神様に後ろ髪がないことを」

「だから?」

「つかんだ髪はその時必ず掴まないと」
「言ったでしょ。あたしは悪魔だって」

「・・・」

「あの酒場がお遊びの入り口。残念な事に時計は
 12時を回っちゃったの。シンデレラは、いつ
 までもシンデレラではいられないの」

「じゃあ、靴は置いて行くわけだ」
「くつ・・」

「そう。ガラスの靴を」

「あなたが王子様ってわけ」
役不足かい」

「・・・」
「ここに忘れてくれるかい」

私は沙希に自分の名刺を渡した。

「ガラスの靴はもろい。この名刺に書かれている私
 の携帯の中に忘れてくれるかい」

「忘れ場所指定なわけだ」

「シンデレラだって、あの靴、わざと置いて行ったん
 だよ」

「私の靴は小さすぎてあなたの携帯では探せないかも
 しれないわ」

「それは、君しだいさ。夢から覚めて、なおかつ王子様
 が必要だと思ったら携帯の真中に置き忘れていって欲
 しい。」

「・・・」

「言ったろう。私は今が不幸のどん底だって」

「・・・」

「こうして、愛した女性と軽口交わしながら、別れな
 ければならないんだから」

 

「じゃあ・・私帰るわ」

すっかり身支度を終えた沙希が未だ裸のままの私を見
据えて言った。

「始発電車には早すぎる時間だよ」

「電車には乗りたくないからいいの」

「あの居酒屋にはもう行かないのかい」

「わからないわ」


「じゃあ」

「ああ」
「また」
「・・・」


沙希は出て行った。
ドアの閉まる音が、妙に寂しげに響く。

残り香だけになった、ダブルベットの上に大の字
になると、咥えた煙草を吹かした。

ジジット燃える煙草の音が笑い声に聞こえる。
結局、何だったんだ。これは。

居酒屋で知り合い、あり得ない逢瀬。
そして白々しい別れ。

夢だと言った沙希。

夢ならばもう少しこのまま、残り香も残しておいて
くれ。

あれだけ見つづけた沙希の裸体が、浮かんでこない。
本当に夢だったのだろうか。

ふと、思いつくと立ち上がり、洗面台に向かった。
鏡に映った自分の顔を見た。
見慣れた顔がそこにあった。

「この眼だ」

思わず微笑んでしまった。
強くさす目、、
なんてことない。
俺の目じゃないか。

沙希とおんなじだ。

ああ、そうか、だからなんだ。

結局沙希は・・私だったのか。
どうりで・・・

 

咥えた煙草から、長く縮んでしまった煙草の灰が、
ポロリと私の腹の上に落ちた。

燃えちまえ、夢なんか。

   おわり

 

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