文学と占いは相通じるものがある

小説家になることを諦めた男のつぶやきです。

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【小説 赤い携帯】  さよなら・・   最終章

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「先輩、今のが答えだと受け取っていいんです
 ね」
「・・・・・・」
「東京に、一緒に来てくれるんですね」

どこまで知ってるんだろう・・このこ・・

そう思いながらも、薫はゆっくりうなずいて見せ
た。

それでも、まだ心配そうに薫を見つめている。

及川が東京に赴任すると聞かされた時の「ショッ
ク」は今でも、薫の記憶の中に残っている。

味わったことのない感覚だ。

あの喪失感は、勝也を想っていた喪失感とは、強
さが違った。

失いたくない・・はっきり意識した。

勝也の幻を、そのまま及川にかぶせていたのだ。

勝也を失っても生きてこれたが、及川を失っては、
先が想像できない。

自分の存在が、感じられない。

薫の中で及川は、当たり前にいなければいけない
人間になっていた。

及川を失いたくない。いや・・誰にも渡したく
ない。
及川は、私だけのものだ

「東京にはいつ行くの」
「3日後です」

「・・なんですって」
「すみません・・急に言
 われたもので」

「どうするつもり・・」
「はい・・?」

「まさか、私の両親に会わないまま私を東京に
 引っ張ってくつもりじゃないんでしょうね」

しばらく、薫の真意を測りあぐねていた及川だっ
たが、その意味に思い当ると、及川の顔が崩れた

なにやら口をもぐもぐさせているが、何を言って
るのか聞き取れない。

ものすごい、形相だ。

そのまま両方の目から、涙をあふれさせた。

涙が、顔じゅうをおおっている。
口の中に入った涙で、顔はもうぐちゃぐちゃだ。

なんてわかりやすい男なんだ。

手離しで泣いている。恥も外聞もない。
突っ立ったまま、オイオイおいおい、泣き叫んで
いる。

もう我慢できない。
薫の目からも涙があふれ出した。

止める事が出来ない。

及川の前で泣くもんかと心に決めていたが、及川
の泣き顔を見てたら、我慢などできるはずがない

この涙は、私へのプレゼントじゃないか。

喜びが、嬉しさが、涙の飛沫と一緒に薫に降り注
いでくる。

もう、どうでもいい。
泣いてやる。
わんわん、泣いてやるんだ。

「先輩・・行きます。行くにきまってます。明
 日・・いや・・今からご両親に会いに行きま
 す・・行きます」

その後は、もう、鼻水と、涙と涎がごちゃまぜにな
って、何を言ってるのかさっぱりわからない。

そんな及川を見つめながら、薫もまた、涙が止ま
らない。

涙がこぼれ落ちないように顔を上にあげてはいる
が、かまわず涙は滴り落ちていた。

星のまたたきが、こそばゆい。
笑っているのだろうか。

赤い星を見て、ふと思った。

海に沈んでいった携帯電話を。

勝也の顔は、まったく思い出せない。

ただ、沈んでいく携帯電話のゆらめきがイメージ
となって現れてきたのだ

真っ赤な塊だ。

薫の未練を断ち切るかのように、及川が真っ二つ
に折った携帯。

どこまで沈んでいくのだ
ろうか・・

突然その携帯電話が笑ったような気がした。

割れて、二つになった身体を、おかしそうにゆら
めさせながら、薫を見つめると、笑いながら

「さよなら」

のポーズをしたのだ。

ねえ・・勝也、最後に教えて。

この儀式、終わりなの。
それとも始まりなの。

どっちなの。

 

  終わり

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長い間お付き合い ありがとうございました。