文学と占いは相通じるものがある

小説家になることを諦めた男のつぶやきです。

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【小説 赤い携帯】  捨てられない缶コーヒ

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車の中では無言だった二人。

星空に押しつぶされそうな車内で、聞こえるのは、
時折放つ及川の空咳のみ。

堤防の細い道は、そのまま闇の中に車を引きずり
込もうとしているようだった。

聞きたい事は山ほどある。
YES・NOの返事も聞かされていない。

及川は、吸いこまれそうになる暗闇の筒を、器用
に通り過ぎながら、時折助手席で、一点を見つめ
たままの薫を、チラ見していた。

確かに腹立たしさはある。

ただ川尻の埠頭に連れてけ・・いつもこうだ。

結論だけを先にいい、カテゴリーの説明を一切し
ない。

「薫君はまるで男だ」

部長が、事あるごとに口走る、この一言、確かに
及川もそう思う。

しかし、はじめて薫を見た時、間違いなく及川は
思った。

この人と結婚するんじゃないかと。

どうしてそう思ったのか今でも不思議だ。

高校、大学、と野球一筋でつっぱしてきて、はじ
めて配属された先が、薫のところだ。

「女の私とペア組まされるなんて、貧乏くじ引
 いたわね」

薫の第一声がこれだった。ケラケラおかしそうに笑
い及川に缶コーヒーを投げてよこした。

「このコーヒーいけてるわよ。私のお気に入り
 わたしからの、就任祝い」

美しい人だ。
一目で惚れてしまった。

笑い顔が、なおさらチャーミングだ。
そんな及川の気持ちを、知ってか、しらずか

「私に惚れても無駄よ。もう恋人いるから。だ
 から私を男と思って接しなさい」

そう、言い放って、及川の肩をひとつ、ピシリと
叩いて立ち去った薫。

強烈な印象だった。

冗談やら、本気やら、よくわからない微笑みを残
しままま言っただけに、よけいに心に残ったのか
もしれない。

薫からもらった缶コーヒーは、未だに及川の冷蔵
庫の中で眠っている。

飲めなかったのだ。
飲めるわけがない。

そう・・初恋だった。強烈な、一目惚れだった
のだ。


薫の言葉に嘘はなかった

及川の前では、女を捨てているように思えた。

接待が終わると、突然崩れ落ち、及川に倒れ込み

「私もうだめ、、死にそう、、ダウン」

そう言いながら、及川に部屋まで運ばせる。

接待の時は、シャンとしてるのに、客が帰ると同
時に崩れ落ちる。

計画的にもほどがある。

頼られている。
実感としてわかる。

わかるだけに、かえって無防備な薫の態度に、恋
の「こ」の字など言えるはずがない。

売上は常にトップクラスだ。
間違った事には、相手かまわず正論を吐く。
上司だろうと、得意先だろうと、関係なしだ。

トップになって、もらった報奨金はすべて仲間た
ちとの、飲み代に消えた。

豪快といえば豪快だが、何か、無理をしているよ
うに思えてならなかった。

一緒に行動しているだけに、よけいに薫の「演技
ぽっさ」に気づくのだ。

この違和感はどんどん及川の気持ちを薫に引き寄
せていった。

   続く

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