文学と占いは相通じるものがある

小説家になることを諦めた男のつぶやきです。

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【小説 赤い携帯】 及川がいなくなる 嘘でしょ

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「いいから話しなさい」

星空を見ようと言って窓から離れない及川を、窓
から引きはがすと、薫の前に座らせた。

「とにかく話しなさい」

まるっきり子供だ。
ピシャリと窓を閉める。

話しが先に進まない。

あんたが話したい・・って言ってきたのよ。
それがなによ。

ぐだぐだ、ぐだぐだ・・

星の話など、聞きたくもない。

及川を睨みつけると絞り出すような低い声で、命
令した。

「話したい事が、星の話なら、もう帰りなさい」
「もう一杯コーヒ飲んでいいですか」

返事も聞かず台所に逃げこんだ及川は、残ったコ
ーヒーをカップにつぎたすと、一気に飲み込んだ。

度胸を決めたのだろうが何を話す気なんだろう。

そのまま、薫の前に正座すると、背を曲げ、拳を
床に押し付け、頭だけを持ち上げ、ぐっと薫を睨んだ。

お前は蛇か。
携帯を取ろうと、這いずり回っていた、自分の姿
を思い出し、少しおかしさがこみあげてきた。

それに引き替え・・
及川の奴・・
常にない真剣な眼差しだ

ドキリとした。

「先輩のお陰で木偶の坊だった僕もひとかどの
 営業マンになれました」

・・まだ、とてもひとかどの営業マンだとは思え
ない・・
思わず口から、出そうになったが、及川の真剣な
表情を見ると、さすがに冗談をいえる雰囲気では
ない。

口をつぐんだまま、及川を見る。

おかしな空気だ。

何か、とんでもない事を言いそうな気がしたのだ。

「東京赴任が決まりました」
「東京?」

唐突にきた。

最初、何を言ってるのか理解できなかった薫だが
ふと合点が行った。

合点がいったが、どこか遠くの出来事のようで実
感がない。

「東京って・・本社の東京?」
「本社以外東京はありません」
「及川が・・東京・・」

突然、目の前が真っ暗になった。

遠くの出来事が、目の前の土砂降りに変わった。

突然、視界が真っ暗になった。

・・とうきょう・・
・・おいかわ・・が・・

及川とは、ずっと一緒に売上を伸ばしてきた。
口では馬鹿にしてきたけど、本気ではない。

この1年ほどは、及川がいるから売上げを上げる
事が出来たとさえおもっている。

及川は、薫のそばにおりこの先もずーといるもの
だと高をくくっていた。

うかつだ。

サラリーマンだ。
ましてや及川は男だ。
いずれ、東京本社に一度は行かなければならない
身の上だ。

忘れていた。

あまりの楽しさに、すっかり忘れていた。

そう・・楽しかったのだ

その、及川が・・東京・

なんで・・また・
急に・・

イヤ、急ではない。
そういえばだいぶ前、部長がそれとなくそんな話
を匂わせていた。

あの話は、本当だったのだ。

まさか・・
ウソでしょ・・・

なぜか、身体中から力が抜けていく。

す・・すごい虚脱感だ。

うそでしょ・・。

 

   続く

 

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