文学と占いは相通じるものがある

小説家になることを諦めた男のつぶやきです。

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【小説】赤い携帯 その2 さあ儀式を始めるぞ

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帰宅途中。お気に入りのケーキ屋で色鮮やかな、
ケーキを買い、今日の為にとっておいたワインをあけた。

ワインの味は勝也が教えてくれた。
芸術家を気どった、胡散臭い男だ。
そんな、胡散臭い男に、薫はストンと恋に落ちた。

ろくでなしの自分には、こんな男がお似合いだと

まるで自分から捕られてもらうために・・

それでも強烈な恋の穴ぼこに落ちた。

穴は、思いの他深かった。

気づいた時には、自分でどんどん穴を掘っていた。
いずれ、この恋は終わるんだと、冷静に笑う自分の姿を想像しなが
らも、それでも、薫は穴掘りが心地よかった。


ドレッサーの前で、真っ赤な裾長のドレスに着替えた薫。
まるで、お姫様みたいだ。
胸元が大きく開き、色っぽい。

勝也が大好きだった服だ。
勿論、勝也が買ってくれた服・・
でも・お金は、私が出したんだから、自分で買った事になるのか
な・・

この姿・・誰にも・・いや・・
勝也以外に見せた事のない、女の自分。
勝也の前でだけ女の自分がさらけ出せた。
ろくでなしの男だから・・・。

「ふーー」

深いため息をつくと
今日は儀式なんだからと、重い身体に鞭打って、ケーキに5本の
ローソクをねじ込んだ。

私の席はここ。
勝也・・お前は向こうだ。

いつもは隣り合わせにしてたのに、今日はダメ。

向かい合うの。
今日は対決・・
白黒つけなくっちゃ。

記念日だから。
5周年だ。
いや・・5年目か。

向い同士にワイングラスを二つ置いた。
そこに、好きになった赤ワインをなみなみと注いだ。

勝也。
赤・・好きだったもんね。
あんた。

私にしては高級品。
無理して買っちゃったよ・・このワイン。

勝也、あんたのせいよ。

ケーキのローソクに火をつけようとするが、どうしても踏ん切りが
つかない。

何故か、手が震えてうまくつかないのだ。、
ワインのせいか・・・
生唾を何度も、飲み込む。

そのままライターの火を消した。

だめだ。どうしても、踏ん切りがつかない。

儀式を始めたら、それが終わりの始まりだってことはわかっている。
そう、終わらせる為の儀式なんだから。

儀式が済めば、もう、二度と勝也とは会えない。

いや・・
会わない。
決めたんだ。

これが私の、ちっぽけな、
プライド。

勝也がいけないのよ。
はっきり言ってくれればいいものを。

だから・・私は・・・
いつまでも・・

あっ・そうだ。
忘れてた。
音楽を鳴らさなくっちゃ。

スイッチを入れると勝也
が好きだった、甘だるい
音楽が響く。

薫はこの曲があまり好きではない。

辛い思い出しかない。
悲しさが、まるごと曲に
浸みこんでいる。

だから聴かないんだ。

最後に勝也と会った時、この曲が流れていた。

雨がガラス窓を叩き、勝也の背中は、とても小さく見えた。

5年前の記憶が、香りとともに蘇ってきた。

ワインの匂いにかき消され、勝也の匂いが想い出せない。

毎年、ひとつづつ、勝也の想い出が消えていく。
それを悔しく思えない自分が悲しい。

あの時もそう。
小さく真っ赤なケーキに勝也が一本のローソクを立てた。

「ごめん」
「なにがごめんなのよ」

どんどんかすんでいく勝也の姿。

白い壁に勝也の顔がぼんやり浮かぶ。

昔はこうじゃなかった。

鮮明な笑顔が、若々しい鼓動が、勝也の口元には漂っていたのに、
最近では、セピア色に近い。
顔全体が影でしかない。

ふと時計に目をやる。

もう21時だ。
及川の顔が浮かぶ。
慌てて頭を振った。

こんな大事な儀式の時になんで及川が。
邪魔者めが。

急に腹がたってきた。

儀式なんだ。
私と勝也との儀式なのに、なんであんたが出てくるのよ。

「もういい。始める!」

誰ともなしに叫ぶと、薫
は5本のローソクに火をともした。

手の震えは完全にとまっ
ていた。

さあ・儀式の始まりよ。

   続く

 

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