fuuraの小部屋

小説や本について寡黙に妄想。小説家になろうのサイトで人気を得る研究。小説家になるにはどうしたらいいかを研究。でも結局は、まずは小説と詩を書こう 。

或る日 (短編)

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絵葉書が送られてきた。山岳写真だ。
老いた二人の男女が、年甲斐もなく Vサインを出して楽しげに写っていた。

峰子の友人、照代からのハガキだ。
照代夫婦は、つい1月程前までは、峰子の隣に住む住人だった。
閑静な住宅街で、裏にそびえる小高い山が四季のいろどりで季節を教えてくれる。

峰子はこの地が大好きだ。
この大好きな地を、照代夫婦はいとも簡単に捨てると長野の奥地に新天地を求めて引っ越してしまった。

昔からの夢で、ご主人の定年を待って、長野に移り住むと言っていた。

老後は、夫婦共通の趣味である、登山を楽しむのだとも言っていた。
冗談だろう、、
年老いて今さら登山もなかろうにそう、なかば上の空で聞いていたのだが、まさか本当に実行するとは、びっくりだった。

仲が特別に良かったわけではない。
御隣同士・・ただそれだけの付き合いだと思っていたのだが、こうして実際に引っ越してしまうと心のどこかに、ぽっかりと穴があいた感じがする。

それがなぜか、峰子の心をざらつかせ、苛立たせた。
そして、今日この「山岳写真だ」

胸が痛んだ。
幸せそうにうつる、二人の姿が、峰子の心を突き刺す。
自分でも理解しえない、ぐつぐつと沸き立つ、苛立ちが、その理由がわからないが故に、さらに苛立ちを加速させた。

亭主の武雄は、考えてみればあと少しで定年だ。
自分たち夫婦には、峰子夫婦のような、老後の未来設計などない。
まだ早い・・そう早すぎる。
そう自分を慰めてはみるが、心は騒ぐばかりだ。

幸せそうな照代夫婦の写真を、もう一度眺め、綺麗に片付けられた居間を、眺めてみた。

突然、震えが走った。

ソファーの真中に、今はいない武雄が、定年後には毎日あそこに座っているのだ。
そう思うと、また震えが走った。

嫌だ・・

そう口走った気もする。
いや叫んだはずだ。
定年後の未来図を、わざと思い浮かべないようにしてたのではないのか。
好きではなく、嫌悪の文字が頭に浮かぶ。

一人娘ももうすぐ25歳。恋人とあちこち旅行している。
やがて結婚し、この家から出て行くだろう。

又悪寒だ。
亭主の空いた定席を目で追った。
おいしいのやら、まずいのやら、何も言わず、ただモクモクと食べ続ける、武雄の姿が浮かぶ。

理想的な夫婦だ・・

確か3年ほど前だろう。
照代とファミリーレストランで外食した時、彼女が峰子に言った言葉だ。

理想的な夫婦。
確かのそうだろう。
武雄は、大企業の重役。
人並み以上の収入はある。

一人娘も立派に育ち、医者の息子と付き合っている。
波乱なく今日まで生きてきた。
なんの不満もない。

その点照代夫婦は、波乱だらけだった。
夜中に、主人の浮気がもとで、警察騒動になった事も片手では済まない回数ある。
亭主ばかり浮気して、許さないと、照代の浮気話を聞かされた事もある。

現実に、昼下がり、照代が浮気相手を家に連れ込む姿を見た事もある。
ふしだらな・・と軽蔑し、峰子は付き合いに一線を引いてきたつもりだ。
その、照代夫婦が、今こうして仲睦まじく、楽しげに頬寄せあう写真を、送ってきた。

送りつけてきたのか・・
小さな怒りが、また渦巻いた。

壁にかかったアンテックな柱時計が夕方の4時を知らせた。
結婚30周年記念に、娘がプレゼントしてくれた時計だ。

「夕食・・」

何故か、けだるく、まったく動く気力がわかない。
心にぽっかりあいた穴の存在を、峰子は今はっきりと感じる事が出来た。

「私は・・」

峰子は、照代からのハガキを両手で持つと、縦に裂いてみた。
ほんの少し心が、軽くなったが、二つに割れたハガキを見ると、苛立ちが、よけいに増した。
今度は、ずたずたに破り捨てると、そのままゴミ箱に投げ入れた。

「そんな仲じゃないのに」

そのまま峰子は、ぼんやりと時計を見つめ続けた。

突然だった。
玄関のチャイムが鳴ると、峰子によく似た若い娘が転がるように居間に入ってきた。

「ただいま・・あれ・どうかした」

娘だ。
大きくなるにつれ、峰子の若い頃そっくりになってきた。
目もとが、武雄似なのが少し不満だが、全体の雰囲気は間違いなく、峰子似だ。

「ううん。大丈夫よ。犬でも飼おうかな・・と思って」
「え・・犬・・お母さん、動物嫌いって言ってたじゃないの」
「心変わり・・女ごころとなんとかというでしょ」
「へーー犬ねえ」
「今から、ペットショップ行こうか」
「エ・・今から」
「そう・・今すぐ。じゃないと、私壊れそう」

最後の言葉は心の中でつぶやくと、峰子はもう一度、主のいないソファーに、目を移した。

     終わり

 

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