小説 娘と母 【短編】
母と娘
母さん私あのお姑さんとはもうやっていけないわ。
お金持ちの家に嫁いだ娘が泣きながら戻ってきた。
聞けば、姑が娘のやることなす事に、難癖をつけるという。
母は娘の愚痴を何時間も何時間も聞き続けた。
別れれば事は簡単なのだが、そうもいかない。
父親の会社は、娘の嫁ぎ先から相当の援助を受けている。
離婚即、倒産では、笑うに笑えない。
意を決した母親がとうとう禁断の一言を口にした。
「ここに毒薬がある。もう、その姑を殺すしかないでも一気に盛ってはいけない。毎日毎日少しづつつ盛り続けるんだ。やがて効果が現れて姑は最後には死ぬはずだ」
驚く娘に母親は強く言い聞かせる。
「もう方法はこれしかないのよ、迷うことはない。
悪いのはお前にひどい仕打ちをする姑なんだから。
でも、これだけは気をつけなさい。
いくら少しづつでも、死んだ時に、姑との仲が悪けりゃどん な疑りを受けるとも限らない。
嫌だろうけど、今日から姑に何を言われても笑顔で受け答えをするんだよ。決して逆らっちゃいけない。
死んだ時姑との仲が悪かったと、露ほども思われちゃいけないからね。とにかく耐えなさい。1年でいいんだから。1年耐えれば世界は変わるんだから」
嫌がる娘を嫁ぎ先に返した母親は最後にこう言った。
「いいかい。1年でいいから。1年間耐えなさい。
その間、この家には戻ってきてはいけないよ。
どこから私たちの企てがばれるかも知れないからね。
とにかくその毒を少しづつ、いい、少しづつだよ。
盛り続けて耐えなさい。さあお行き。
頑張るんだよ。」
そして・・・
1年後、娘が戻ってきた。顔色が、めっぽういい。
「その嬉しそうな顔。とうとう姑が亡くなったのかい」
そう聞く母親に娘が気色ばんで答える。
「なにバカなこと言ってるのよ。出来たのよ赤ちゃんが」
「あら、まあ」
「報告に来たのよ。おめでたの」
「じゃあ、姑は・・」
「元気よ」
「意地悪はどうなったの」
「意地悪・・ああ、あれはもういいの」
「いいって、あんた1年前の話、忘れたんじゃないでしょうね」
「それがね・・・」
聞けば娘は、あの日母親から預かった毒を姑に盛ろうとしたがどうしてもできなかったという。
そこで、何か姑がきつく言ったその一言をきっかけに毒を盛るタイミングを計っていたのだが、どうも前ほど姑のきつさが気にならなくなってきたのだと言う。
時々確かに頭にくることを姑に言われはするが、毒を盛るほどの事でもないかと思うと妙に気持が安らいできたのだ。
そうすると、姑を見る目にも余裕ができ、姑の言葉が優しさの裏返しだと気づくようになり、いよいよ姑との仲が良くなってきたのだ。
最近では、食事はもちろん、買い物や観劇まで一緒に行く仲になったというのだ。
「呆れた、心配した分損した」
そういう母親に娘がポロリと言った。
「呆れたのは私よ。まさか母さんからあんな過激な案を持ち出されるなんて、本気でショックだったわ。
姑の仲がどうのより、母さんから毒を渡された事の方が本当は動揺したのよ。」
「もういいじゃないの。使わなかったんだから」
「でも、もしあたしが母さんの言うとおりしてたら どうなってたと思う」
「どうも」
「どうもって・・なによそれ」
「どうもなりはしないわよ。
あなたに渡したあれただの小麦粉だもの」
「小麦粉!」
「当たり前でしょ。我が家にそんな毒薬あるわけないじゃない。」
「じゃあ・・最初から」
「むしろ、あんたが、本当にあの小麦粉を使ったらどうしようかなあ、、とそっちの方が心配だったわ」
「使うわけ無いでしょ」
「あたしが育てた娘だものね。そんな事するわけないか」
「よく言うわよ」
落語にある話をちょいと、アレンジしてみました。
あえて、結論めいたものは書かないことにします。
新聞紙上をにぎわす数々の犯罪。
心の持ち方一つでどうとでもなるのになあ・・・
終わり