文学と占いは相通じるものがある

小説家になることを諦めた男のつぶやきです。

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意味がわかんない

本物とはなんだろう

例えば

本物の音楽

本物の本

本物の絵画

 

贋作ではなく

本人が創作した作品を称し

これは本物だ

これはいまいち

これは駄作だと

 

 

本物の意味が

わからない

 

しかし

考えてみれば

本物がわからないのは当たり前なのかもしれない

 

もともと

本物も(いまいち)も

ぐにゃぐにゃした

不確かなものなんだから

 

そこにただあるもの

それだけなんだから

 

そこで新たな疑問が

・・・

・・・

 

いや、やめておこう

 

また

底なし沼に足を突っ込みそうだから

 

思惟のはざまに

私に

悪魔と

天使が

かわるがわる囁きかける

 

分離せよ

分離せよと

 

意味が

 

 

わかんない

 

 

 

予告された殺人の記録 を読んで

ガルシアマルケスをご存じだろうか。
若い女性なら、ああん、あれねと目を輝かすだ
ろうが、残念ながらブランド名のガルシアマル
ケスではない。

ラテンアメリカノーベル文学賞受賞作家の
ガルシアマルケス・・
そう言ってもピンとこない
有名な『百年の孤独』がさ・・・」と言うと、
多少文学に興味のある人なら思い出すかもしれ
ない。

ラテンアメリカ文学、日本ではまだまだ馴染み
がない。

しかし、こう言ってみればどうだろうか。

かの有名な村上春樹が無意識にでも、意識的にで
も色濃く影響された文学と。
マジックリアリズム〉あるいは〈魔術的リアリ
ズム〉という技法を使った、文学。
当然日本で言う、ファンタジーとは一線を画する。

これこそ、村上作品そのものです。

そのガルシアマルケスが書いた物語。
「予告された殺人の記録」を読んでみた。

なるほど、ラテンアメリカ文学は、面白い。
ただ、日本でいうところの面白いとは少しニュ
アンスが違うが。

「予告された殺人の記録」も、普通の読み方をし
ていれば、あらゆる仕込まれたトリックに気づか
ず、さらっと読み終わってしまう。
結局なんだこの作品、ノーベル文学賞作家もこの
程度か・・と思ってしまうかもしれない。

しかし紳士淑女諸君。
マジックリアリズムの伏線はいたるところにちり
ばめられているのです。

たとえば一文。

「ある朝、女中がカバーを外そうとして枕を振っ
たところ、中にあったピストルが床に落ちて暴発
した。飛び出した弾は部屋の洋服箪笥をぶち壊し、
居間の壁を突き抜けると、戦争を想わせるような
音を立てて隣家の台所を通過してゆき、広場の反
対側の端にある教会の、主祭壇に飾られていた等
身大の聖人像を、石膏の粉にしてしまった。サン
ティアゴ・ナサールは、当時まだほんの子供だっ
たが、その災難から学んだ教訓を、それ以来決し
て忘れなかった」

おわかりだろうか。

あり得るような話で、そのままスラっと読み流し
てしまうが、おいおいそんな弾どこにあるんだ、
と思わず突っ込みたくなりますよね。
いわゆる隠し絵的手法とでも言えばいいんでしょ
うか、文学の中で、ある種の遊びを取り入れ、そ
の遊びを取り入れる事により、本題のあり得なさ
にリアリティーを持たせてしまうのです。

この文面にマルケスは何を言わとしたのでしょう
か。

この隠し絵的な面白さ、勿論これだけではありま
せんが、通常の文学作品とは趣の違った方向性が
あり、これにはまると、ラテンアメリカ文学の虜
になると・・そんな代物なんですが。

そうそう、作品には関係ありませんがマルケス
FBIが24年間も監視していた」というニュースが
数年前、米紙「ワシントン・ポスト」が報じてい
ましたが、本当なんでしょうかね。

で、本に戻りますが。

自分が殺される日、サンティアゴ・ナサールは、
司教が船で着くのを待つために、朝、五時半に
起きた。

書き出しはこれで始まる。
つまりサンティアゴ・ナサールが殺されることは
わかっている。それは読者だけでなく、作中の誰
もが知っているが、知らないのは殺される本人だ
け。

この出だしからして、人を食っている。
しかし紛れもない純粋な文学作品だ。
綿密に構成され、セリフも、登場人物のあれもれも
一つ一つのピースを熟考に熟考を重ね配置されてい
る。
時折「現実ではありえない話を、さもあるように、
さらりと記述し読者を欺くユーモラスを練り上げ、
(もっともこのユーモアは読み手を選びはするが)
とにかく、何の変哲もない、一読すれば普通の小
説の態をようするが、実は宝物が埋め込まれてい
る。

そんな宝物を見つけ、一人ほくそ笑み、マルケス
と喜びを共有する。
ラテンアメリカ人らしい発想ではないか。
何を発現するにせよ、その中にはユーモアを(時
には幻影、魔術になるが)ちりばめ、読者の今あ
る知識層だれにも共有できるように取り繕う精神。

噛めば噛むほど味の出てくる作品。
読み手の感性により思惟の花火の大きさが違う作品

味わってみてはいかがだろうか。

マジックリアリズムの神髄を。

東京喰種 トーキョーグール

映画「東京喰種 トーキョーグール」を見てき
た。

漫画本、東京喰種 トーキョーグールが大好き
で、とうとう映画まで見てしまった。
あの世界観、いいです。
人間というか、生物の根源を見つめなおすには
ぴったりの世界観です。

その世界観に憧れ、小説まで過去書いてしまい
ました。

救世主なのに気づかない乙女達のララバイ
 (旧グール物語(喰種ストーリー)

 


長編です。
途中で世界観に変化が出始め、中途半端に中断中
ですが、世界観が構築出来次第又書こうと思って
いるのですが・・・

 

そうそう、映画の話。

グロくて、あまり女性受けするようなお話ではないの
に映画館は若い女性で一杯。
やはり作者石田スイさんのファンが多いんでしょうか
ね。

映画自体は、物語のさわりの部分だけしか扱っていな
かったので、少し消化不良気味でしたが、やはり続編
意識してるんでしょうかね。

映画の捉え方にもよりますが、テーゼとしては「命の
在り方」を考えさせられます。
人がブタや牛を食べるのは許されるが、人が人を食べ
るのは許されない。

グールは人を食べる事しか生きていけない。
生きるためには人を食べる
そんなグールを人間は駆逐しようとする。
当然だ。

しかしグールにしてみれば不当な扱いだ。
生れてきたことそれ自体が罪だというのか・・・

 

うーん
大好きなんです

こんな命題が(笑)

変化

本の断舎利化を進めていたら

30年前の啓発本がボコボコ出てきた

30年前私も悩んでいたんだと

本をパラパラめくってみたら

ついこのあいだ読んだ新刊の啓発本と

内容がかぶっている

 

今も昔も

結局悩みどころは同じなんだ

悟りかけたと思ったころ

うまい具合に人は死んでいく

 

人の心の核の部分は

今も昔も変わらないってことなんだ

 

文学で歴史に残る書物

つまるところ、幾百年たっても変わらぬ

人の心を描いた作品

 

少しだけ文学の何たるかが

見えてきたが

それはやはり

死に近づいたと言う事か(笑)

 

 

無知は犯罪

小説を書く代わりに読書量が飛躍的に伸びた

読書会やら輪読会やら、その他色々

とにかく好き嫌いでなく読まざるを得ない本を

読んでいくうち不思議な事に気づき始めた

 

つながっているのだ

小説にしろ

啓発本にしろ

学問書にしろ

 

読み進んでいるとバラバラだった思想の点が

まるでパズルのピースがはまり込むように

時々ピタッとはまる事があるのだ

 

これは気分がいい

 

知識が増えたというだけでなく

思想が見えたというか

とにかく目からうろこ感覚

とても快感

 

その昔同期で出世街道駆け上がった友人に

仕事でミスった時に上司の立場として

言われた一言がある

 

知らないことはしかたがない

知ろうとしないことが問題なんだ

無知は犯罪だ

 

その時はムカついたが

その言葉が今突然よみがえって来た

確かにそうかも

遅すぎるが(笑)

 

確かに無知は犯罪だ

 

無知の犯罪は

自分が無知であることを自覚した時から発動される

知らなきゃ知る努力をしろ

 

確かにその通りだ